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生きづらさと向きあう任意団体

「お坊さん紹介システム」を考える

大手スーパーが葬祭業に参入

「イオンのお葬式」サービスが2010年5月10日~全国展開で始まりました。

このなかの「寺院をご紹介します」では、8宗派約600ヶ寺(すべて寺院のある宗教法人)と連携し、僧侶を派遣してもらえるのだそうです。

さて、われわれ<ひとなみ>と、このイオンのお葬式のお坊さん紹介、どこが違うのでしょうか?
私は、一般のかたのご要望は、2つに大別されるように思ってい ます。
すなわち、

①「お経くらいはあげてほしい」派。
「普通にお経をあげてくれて」
「それがマンション住まいで派遣されてくる(お寺をもっていない)僧侶ではなくて」
「料金が一般的な平均価格で」
(裏でベンツに乗っていることがみえたりさえしなければ)
満足できる、という人々。
「私は無宗教です」とおっしゃる平均的日本人の多くが、
この領域に含まれるのではないかと思われます。

②「宗教者なら、このくらいのことはしてほしい」、という理想がある派。
なんらかの宗教観があったり、
良寛さんや一休さんに代表されるような、“理想の宗教者のイメージ”をもっていたりして、たとえば、「袈裟着て集団で焼肉たべているお坊さんをみたら愕然とした」とおっしゃるタイプの人々です。

私は、<ひとなみ>では、②の人々の要求にこたえられる宗教者とは?
を、考えてゆきたい、と思っているのです。

ここで、ちょっと勘の鋭いあなたは疑問に思われたことでしょう。

「用語からしたら、“人並み”なのは、①のほうではないの???」

しかしながら、歴史のなかでかつてどの民俗も、「目に見えないなにか」と無縁でいることはなかった、と私は感じています。
無宗教といいながらも、雷が鳴れば「くわばら、くわばら」と胸のうちで唱えていたり(少し古いですね)、小学生の頃に「こっくりさん」のようなものに一時期熱中した体験をお持ちであったり。

制度化された宗教ではなく、原始宗教的なもの、山河草木に宿るアニミズム的なもの、西欧でいえば精霊的なもの、そうしたものの神秘をすべて否定してしまうことが、多数派だとは思えないのです。

それを葬儀に置き換えて考えるなら、①のありかたでは、何かが違う=本来の「ひとなみ」ではない、つまり、宗教的意識~原始的・アニミズム的なものを含めて~が「ある」ほうが「ひとなみ」である! ということを、伝えてゆきたいと思っているのです。

都市部(関東)では、7 割のかたが菩提寺を持っていない(=どこかのお寺の檀家ではない)といわれます。

お坊さん紹介システムは、これまでお坊さんと縁を持ちづらかった人々の要求にこたえるすばらしいシステムだと思います。

イオンのお坊さん紹介のほかにも、「おぼうさんどっとこむ」や、「仏門」はじめ
さまざまな“お坊さん紹介システム”が知られ始めています。

バブルの頃には、葬儀社から紹介された僧侶(つまり日ごろからつきあいのない僧侶)に「座って15分の読経をしただけでン十万を要求された」なんていう話も横行し、お坊さん不信がひろがった部分もあります。

昨今の“お坊さん紹介システム”は、そうしたことへの反省から出発した新しい試みであり、これらのシステムを利用して、納得できるよい宗教者との出会いを結ばれたかたももちろんいらっしゃることでしょう。

しかしいっぽうで、②に近い考えをもつ人たちのなかには、一律料金やネットで宗教者が派遣されてくる仕組みそのものに、少しざらりとした違和感を感じるかたもいらっしゃるでしょう。

そうしたかたがたの要求にお答えするため、<ひとなみ>では、顔のみえる宗教者だけをご紹介したいと思っています。
日ごろからさまざまな考えを交わし、社会問題についても、日常生活についても、
コアな部分で共感できている仲間である宗教者です。

はじめのうちは、ごくごく少数のかたへ、限られた人数の知人の輪のなかからのご紹介しかできません。
しかし、宗教者の輪も、求める人々の輪も、少しずつ広げてゆきたいと考え、このサイトを立ち上げたのです。


 

イオンが「お布施の値段表」を削除!            (9/16/2010)

イオンが「お布施の値段表」をHPから削除していた、という報道がありました。

これまでの宗派ごとの目安を示した料金表に代えて、以下のように記されています。

お布施は本来「喜捨」であり「標準化」や「統一」すべきものではありません。
しかし、「目安が分からなくて困っています」というご意見が多くのお客さまからイオンに寄せられています。
ご紹介させていただく多数の寺院でとりまとめられた目安を、コールセンターにてお知らせしていますので、お問い合わせください。

これについて、<ひとなみ>では今朝からTwitterで数名と意見交換をしていました。

まとめますと、

・お布施の値段を心配するのは、お布施を「料金」ととらえている人々。 (記事によれば、85%いらっしゃるようです)

・信頼関係があれば、値段を表示しなくても問題は起こらない。

の2つの要点に絞られました。
料金表がないが、価格の目安を教えてはくれる、ということについて。
お寿司屋さんの「時価」になぞらえたかたがあって、

時価とあっても常連(信頼関係にある)なら心配しないし、
その場で紙に書いてそっと見せたりする

とおっしゃっていました。

お布施とお寿司屋さんの時価は「料金であるかないか」という観点で
元来の性質は異なりますが(<ひとなみ>では、お布施を料金とは考えておりません)、お布施を「料金」ととらえている85%のかたにとっては、「多数の寺院でまとめられた目安価格をコールセンターで知らせてもらえる」というのは、まさにこの「紙に書いてそっと見せる」に相当し、わかりやすいのかな、という感触です。

それにしても、前出「おぼうさんどっとこむ」や「仏門」では料金表示されたままなのに、大手スーパーとして知られるイオンが料金表を掲示すると仏教界から大批判を喰らうという構造は、興味深いです。
(ちなみにイオン側は、抗議によって料金表を取り下げたのではない、としています)