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生きづらさと向きあう任意団体

「平和」という言葉が上滑りしないために

戦争体験や貧困の悲惨な話を聞けば誰だって、「それはよくない。二度と起こらないようにしたい」と願うでしょう。皆が願えばいずれは格差も争いもない社会になるはずなのに、なぜ実現しないのか。

「平和」という言葉が上滑りしないために

先週末(2015年3月28~29日)、WCRP世界宗教者平和会議 日本委員会青年部会 公開学習セミナーという催しに参加してきました。

当日の様子はこちら▼

仏教タイムズ⇒ icon_1r_64
中外日報  ⇒ icon_1r_64

東京大空襲の語り部である江角恵子さんのお話をうかがい、その後テーブルごと10名弱でディスカッションをしました。

私の隣席にいた青年(沖縄でも体験記を収集したことがある)から、こんな趣旨の意見が出ました。

平和をテーマにすると、どうしても上滑りしたような感じになる。こんなことを言えば危険思想の持ち主と思われそうだが、戦争がいいと言っているわけではなく、もちろんないに越したことはないと願っているが、本当に戦争をナシにするためには、その上滑り感がなぜ起こるのか、というところを無視できない。

それから、広島出身の(現在は東京に住んでいる)青年から、こんな話も。

広島の人たちは、近年修学旅行に来る中高生が、原爆が落ちた日がいつだかも記憶していない。それを広島の人間は嘆いているんですが、私自身、東京へ来て何年も経っていて、下町に住んでいたこともあるのに、東京大空襲が3月ごろであったことは毎年新聞を見て知っていましたが、「9日から10日の未明にかけてだった」ということを記憶していませんでした。申し訳ない気持ちです。

この2つのエピソードから思い当ったのは…

より大変なことがあると、悲惨な話を心底受け取れない

ということでした。

そして、昨今の中高生が終戦の日や原爆の落ちた日について昭和生まれの私たちほど強く記憶できないのは、もしかしたらわれわれの小中学校時代よりもはるかに日々が大変で、70年も前のことに気持ちを寄せていられないからではないかと。

彼らがアフリカの飢餓とか、原爆で真っ黒こげになったお弁当の話を聞いてもどこか腑に落ちないのは、事態を深刻に受け止めていないからでも、想像力が欠如しているからでもなく、大変な状況にいるからなんじゃないか。つまり、

昭和生まれの私たちが、成長まっただ中で幸せすぎただけ

なのかもしれないと。

だって彼らは生まれたときからデフレのさなかで、「景気がいい」ということを想像できないんです。がんばっていい大学を出たら一流企業に就職できて、終身雇用で安泰という、昭和の頃のようなわかりやすいスゴロクは描かれていません。21世紀になったらどんなに便利ですばらしい世の中になっているんだろう?という幻想も描けないし、経済は右肩上がりだなんてとても思えない。

殺伐とした荒野を生きるしかない彼らのことを、「戦争の話をしてもピンときていないようだ……」と嘆くまえに、私たち中高年は、

青年たちの苦悩にもっと耳を傾けなければ

ならないんだろうな、と思いました。