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生きづらさと向きあう任意団体

関西座談会「極限状況下で宗教にできること、してほしいこと」

應典院さんのご協力により、2011年3月25日、関西座談会が実現しました。
当初、“語り場としての寺の力”について語り合う予定でした。
3月11日に東北関東大震災が起こり、みなさま支援活動に多忙なか、テーマを急遽変更しての座談会にお集まりくださいました。感謝いたします。

20110325outenin01【参加者】(冒頭、「それぞれの被災体験」の発言順)
秋田光彦(應典院 浄土宗僧侶)
尾角光美(LiveOn代表)
山崎譲二(手元供養協会会長)
根本紹徹(臨済宗僧侶)
今城良瑞(真言宗僧侶 NPO法人HAPPY FORCE理事長)
Mさん(浄土真宗本願寺派僧侶 40代女性)
石田 歩(アーユス関西事務局)
福井智行(浄土真宗興正派僧侶):法要の合間を縫って一時参加
Okei(ひとなみ主宰)

※Okeiより発題プレゼン⇒その後、それぞれの被災体験を語っていただきました。
一巡してから自由発言の座談会へ移行しています。)

それぞれの震災体験

秋田光彦(浄土宗僧侶) 塩釜市のSさんという人から、携帯メールからですが毎日のようにMLに報告があがるんです。私はその人のお父さんをよく知っていて、ご本人とはまだお会いしてないんですが、被災して3日目から熱心にメールに心境を書き綴ってくる。彼とのメールを通して、被災した僧侶の思いというのが、この2週間でずいぶん変わっていく、そのことに驚いています。
あのあたりのお寺は高台にあるので、難を逃れ、最初は自分のお寺が緊急の避難所になった。そのあと、ご本尊が流されてしまった近くのお寺の救援に行く。こんどは斎場へ読経のボランティアにいく。何十体というご遺体。40歳過ぎの彼にとっては慄然とした体験ですよね。疲れ切った体で、久々に風呂に入る。そのとき、ふと涙がこぼれたそうです。それを友人のNPOの人に話したら、「あなただって被災者じゃないの」と。そこでハッと気づいたと。
そこでこの人のメールは終わるのかなと思ったんですが、そしたらしばらくたって、驚くべきメールが来たんです。「被災した私たちだからこそできる、被災寺院の支援をする活動を立ち上げようと思う」と。
避難所でも人の交流があって、「お寺が避難所だとみな顔見知りで仲がいい。地域っていいなぁ。同じ町で暮らして、皆が知り合いってありがたいなぁ」と。そういう発見や思いを連ねている彼の、この2週間の魂の成長が嬉しかった。立派な僧侶に成長していくと思います。大きな経験が、一人の人格を作っていくんだということを言いたいです。
現場のなかで、人とのつながりのなかで信仰が鍛えなおされていく、そういう場こそ大事じゃないかと。ちょうど私が16年前、阪神淡路で体験したことと同じことが、今も起こっている。こういう苦境のなかで、私たちは改めて、信仰や教義への読み込みをすることができる。そのときに、伝統の持っている足腰の強さが実感されていく。私はそれを、「共助の念仏」と言っています。
川浪(剛)さんたちの活躍もすばらしいし、たくさんのお坊さんが現地へ行って活躍されていますが、けれども私は、「宗教者にしかできないことがある」と思っているんです。それが何なのかってことをいまだに探してるんです。

尾角光美(Live On代表) 私は、福島に滞在していたとき被災しました。いまは、喪失しているかたの支え、遺族の支えをどうとらえていくべきかを考えています。京都と大阪にはそうとう避難されて来ると思うんです。京都にはもう1万戸の用意があるし。来た人のケアをどうできるのかです。東北から関西まで普通に引っ越してくるだけで大変なのに。
私は関西の遺児と東北の遺児とを連続でケアしたことがあるんです。東北の子たちは関西の子と較べて、うちとけるのにものすごく時間がかかるんです。自分の心のことを言うまでにすごく時間がかかって、静かに深まっていくけれど、いったん深まるとすごく密につながっていくんです。
そうやって静かにぐーっと深いところまでいくには、お寺とか宗教的な支えは、非常に役に立つんじゃないかと思っています。そういう連携をつくっていく人が足りないので、つなぎ合わせるっていうところに目を向けることが大切だと思います。
それとともに、ウーンデッド・ヒーラー(Wounded Healer、傷ついた癒し人)の問題を感じました。私の周辺でも、自分のなかに抱えてるトラウマを消化するためにやってる人がいる。ただでさえケアをする人のケアが足りていないのに、自己顕示をしたいようなタイプの人がリーダーシップをとっている場合はさらに危険なので、気をつけなければいけないなと。
ひとりで支えないでつながりの中、お寺さんならお寺さんの横のネットワークなど、関係性のなかでケアを自然にしていくしくみをつくる方法が、いま一番気になっていることです。

山崎譲二(手元供養協会会長) 私は、ふだんは手元供養品を扱っているんですが、「遺体のない別れ」について考えています。きのう朝日から取材を受けて話しましたが、手元供養の場合は基本的にお骨を対象にしていますが、「遺体が出ない場合どうすればいいんですか」と。しかも、天寿をまっとうして亡くなったわけではなく天災で亡くなっているので、通常のなくなりかたとは悲しみのレベルも本当に違う。そういう人が何千人もいるなかで、どう救っていくのか、癒しの方法を考えないといけない。
そのときに思ったのは、流されてしまった家のあった場所の木を持ってきて、人形をつくって寄り代にする。自分の家があった場所などゆかりの地の石に名前を書いて大切にしてそばに置く。そういうふうなことができれば、少しでも癒されるんじゃないかなと考えました。
いまは、私自身がかつて開発に携わっていた七ヶ浜町の住宅地が流されたショックが大きくて。
東北の場合、全骨拾骨なんです。お墓があればいいけれど、お墓がない場合、全骨で大きな骨壷を家に持ち帰って、もう全財産ないのに「お墓もたてなきゃいけない」・・・・というのは、負担になってしまうんじゃないかということも考えています。
私の場合はまだ(阪神淡路で)会社はつぶれたけれど退職金ももらえたし、勤めようと思えば勤められたけれど、今回の場合は家も流され、勤める仕事場もない人も沢山います。そういうところへ大きな骨壷を持ち帰り置いておくというのは心理的な負担になるんじゃないかなと。関西のちっちゃな骨壷であればいいけれど。かけらだけ持ち帰って、むしろ火葬場で処分してもらうことも考えないといけないのかなと。
お骨は、それが心の支えにもなるし、逆に心の負担にもなると、心配しています。小さくてお金のかからない方法を考えて、お寺さんでも悩んでいる人に対してそういう方法を提案していけたらいいなと。
それから、今回つくづく思ったんですけれども、本当に田舎の集落の人たちの人間関係の濃さとかがある。集落の精神的な核としての寺があり住職が居る、というのを今回の震災で感じました。お寺が、いまもしっかりと地域のコミュニティの核になっている、というのはある意味で救いだと。

秋田 冒頭で述べたSさんが言ってましたが、1日に20体くらいのお勤めをするんだけれど、必ず菩提寺の住職が来るのを待つんですって。それで、どうしても来られなかったら、代わりにお勤めをすると。神戸ではそんなことあまりなかった。次から次へとお弔いしなきゃいけないというのもあったけれど、檀家意識がなかったり宗派もわからなかったりということも少なくなかったです。でもこんどは、寺と檀家の関係がしっかりとあるんじゃないでしょうか。

Okei 関西は月参りもあって、檀徒関係が濃密だと感じていたんですが、それでも阪神のときはなかったんですか。

阪神大震災との違い

秋田 月参りはたしかにあるし、関東と較べたら「菩提寺がない」という人は少ないかもしれないけれど。罹災した家に仏壇があるとは限らないし、おじいちゃんおばあちゃんは檀家でも、息子の代になったらそういうことに関心が向いていないってこともあるじゃないですか。

Okei なるほど。関東よりは遅いペースだけれども、関心が薄れていっている部分はあるんですね。では次、根本さんお願いします。

根本紹徹(臨済宗僧侶) 私も、秋田さんがおっしゃったように、行きたいんですけど抑えている状況です。昨年他界した私の父は出身が福島で、父の実家にいる皆は原発から30Km圏内に入るところに住んでいます。東北は親戚も多いので他人事ではなくて。
たまたま母は法事で青森県のむつ市に行っているときに震災があったので、いまだに帰ってこられないそうです。ライフラインが絶たれた地元に住むおばあちゃんは90代なので大変だったと思うんですが、ちょうど法事で帰っていた母は、生活が不自由な中でこそ親孝行できたと言っていた。
なにかできないことはないかということで、自死追悼法要を名古屋でやっている団体で、私たちも有志で供養をやろうとしています。うちのお寺でも毎日供養をしています。
なかでも一番心配しているのは、この自粛ムードです。ただでさえ死にたいと思う人があれほどいて、「なまけもの」などと言われていたなかで、そういう人たちまでもが自粛してしまっている。実際、mixiのコミュニティの書き込みも激減しています。「死にたい」なんて言っちゃいけないムードがある。きのうも今城さんとその話をしてました。
たしかに被災したかたも大変ですが、それと匹敵するくらい膨大な数の自死念慮者たちが、語れなくなっていく。嬉しいことも嬉しいといえない、わかち合わなきゃいけないんじゃないかという自粛ムード。そういうのを怖いなと感じているところです。

一同 なるほどね。

根本 お坊さんたちみんなが被災地へ目を向けてしまっていますよね。いままでしてきたことを放り出して被災地へ、ではなく、支えるべき人をいままで通り支えていくことも必要じゃないかと。

尾角 それから、家族愛が強調されていることも、そうではない人にとってはむごい仕打ちになります。私も福島で被災したときに皆が公衆電話に並んだけれど、「かける人がいない」。そういう孤独感にさいなまれる人は、被災地でなくても、全国に存在していると思います。
みんな被災状態である中、「つながり」が強調されるときに逆のことも強調されるので、孤独感を募らせる人はいる。そういった人へも目を向ける余裕が必要。

今城良瑞(真言宗僧侶。NPO法人HAPPY FORCE理事長) 基本的に僕は素人なので、いまこのタイミングで現地へ、というのは足をひっぱると認識しています。僕の友人で、横浜に炊き出しのプロがいるんですよ。阪神も中越もみな行って、もちろん今回も。

秋田 いるね、そういう人(笑)

今城 また今回のために中古トラック100万で買うて・・・と言っているんで、「こいつんとこを支援すればいい」と。僕らは後方支援に徹するのもありかなと。
僕も「言えない心の傷」というコミュをmixiでやってます。やっぱり僕のところも、自粛ムードは出てます。冒頭に、「こんなご時勢のときに申し訳ない」と前フリをして書きこんでいたり。東京や横浜にも地震の影響があったと思いますが、それに対して「親から心配の電話がなかった」とか。被災地からの書き込みはほとんどないです。バッテリーもったいないですし。震災直後に「東北地方太平洋沖地震」というトピックを作りましたが、40までくらいしか伸びてない。ほとんどが、応援ばかりで現地からのアクセスはないんです。
だから直接的にいま、打開策がない状況。現地からの書き込みがくるようになったら、いよいよ自分たちが支援していける状況なのかなと。

マスコミへの疑問

Mさん(浄土真宗本願寺派僧侶 40代女性) 被災されたあと自殺をされたかたに対して、「せっかく助かったのに」みたいなすごい抗議があったようですね。そういう偏見というのはどこへ行ってもなくならないんだなと思いました。すごく不信に思っているのは、マスコミが偏っているような気がすることです。悪意に満ちているというか。批判することって簡単ですけど、こうしたらいい、ああしたらいい、って心にしみないところで言っても意味がないんです。人は、実際に行って、本当の気持ちで動けるほうが続くし意味がある。自分がなにをできるかずっと考えてますが、いま自分の目の前にあること、自分にまずできることを考えたときに、もうちょっと遠目で見られる自分でいたいなと。大阪市も府営住宅を用意しているので、グリーフケアが必要となったときに手を貸すとか考えていきたいです。
いま、あまりにも冷静さが欠けている気がするので、自分のポジションをしっかり持っておきたいなと思います。

石田 歩(アーユス関西事務局) 私が所属するアーユスという団体は、平時は国際支援をしています。現地で活動している人たちを後方支援するという形が日常的であるともいえます。今回も、ふだんからおつきあいのある民間の非営利団体にお金を出すという支援の方法をとっています。医療系の団体へ50万、子どもの心のケアをやっていく団体にも50万、物資を輸送するところにも50万、宮崎県の野菜を購入して被災地へもっていくという活動にも50万など、後方から現地へ行かなくてもできる支援ををさせていただいています。
また、東北から避難してきたいという人たちの受け入れをお寺でできないかという話を進めています。京都と大阪の行政に働きかけていますが、府と市をたらい回しにされたりで難儀しています。大阪府については、私たちはニュースを見て、「避難してきたい人がすごくたくさんいるだろう」と思っていましたが、「いま大阪府が用意している2000戸に、ほとんど申し込みがない。だからニーズがありません」と。
お寺というのは、みなさんが安心して寄っていただける場所であると思います。同じ宗派であればなじみも感じられたり、落語会など少し気持ちを切り替えていけるような催しをすることもできる。お寺だからこそできるということも、これから出てくると思うんです。情報交換しながら、支援をしていきたいと思います。
ただ、行政の対応をもうちょっと柔軟にしてもらえたらいいなということは痛感します。
娘の知り合いの家が消防士さんなんですが、指令が出て現地へ行ったのに、1週間指示がなくて、車の中で過ごして帰ってきたそうなんです。そういった本当に無駄なことが、交通費とガソリンだけを使ってきたということがおきています。

Okei いまの石田さんのお話を受けて、阪神淡路のときはアメリカからの支援を断ってしまったりと行政の対応はニュースで聞くかぎり非常にまずかったと思いますが、避難所に入りたい人の采配については、いまよりよかったのでしょうか。いまは広範囲なのでまったく行政もつかみきれていない気がしますが。

尾角 現地視察にいった人に聞いたんですが、行政ごと流されてしまっていて機能していないというところがあるのが問題です。仙台だったら、市内のほうはほとんど変わっていないらしいんです。でもちょっと海岸沿いへ行くと、流されて何もない。今回は地震でというより津波での被害が大きいので、行政庁によって差が大きいと思います。
配給も、バナナ3本のところもあれば、ちょっと先へいくと学校長の力が強くて充分に物資がきていてもう「シャンプーリンスしたい」みたいな欲求になってるところもあったり。でも結局、統括しているのが自治体の人か避難所の校長先生か民間の団体なので、このトップのマネジメント能力によって避難所の状況が段違いになってしまう。
それを取りまとめるものは機能していない。自治体に「どうにかしてほしい」といっても、動いていない状況かもしれません。

Okei 東京都にもかなりの数のかたが避難していらしてて、近くの東京武道館には20110325outenin02900人いらっしゃるんですけれど、書士会でボランティア登録をしても指令は来ない、「都庁を通してくれなければ民間人は入れません」となって、カイロを差し入れしようとしても門前払いです。
これが宗門単位だと、行政の壁をこえてできたりするんですか? 曹洞宗の青年会などは早くから入ってますが。

秋田 宗門の寺院が被災地にあれば、そこを拠点にして支援ができるから。被災寺院がそのまま活動寺院になるという事例があるので、そこの情報が回って、浄土宗も曹洞宗も青年会が動いていると思います。
民間ボランティアは受け皿が決まったのがつい数日前ですが、受け皿が機能するまではなかなか動きがたいという違いはあると思います。

Okei 私の周辺では、ガソリンがないので「リレーで寺と寺をつないで福島へ物資輸送」ということを始めましたが、原発の状況が怪しくなって、最後のところが道路事情で現地へ入れなくなり、長期計画へ切り替えました。
それから、平時では超宗派の動きがあれだけ活発にあったのに、こういった緊急事態になると宗門からの指令を待つ形になり、自在な動きがしづらい様子だったのも気になりました。お寺リレーを思いついたお坊さんも、最初は若手のほうが動くだろうからと「ボーズ・ビー・アンビシャス」で呼びかけたけれど、あまりその方面からは声はあがってこなかったようです。
宗派の壁のようなものが逆にこういうときに作用してしまったかなと。

秋田 同一宗門の求心力が左右するというのはあるね。僕でさえ感じる。宗門の結束力と、超宗派の自由な動きと、両者が呼応する形で動けば一番いいよね。

Okei はい。もうひとつは、町ごとモノがごっそり流されていくなかで、「祈る力」というのが、いま、ここで見直される契機になっていくのかなと。

山崎 なにかしら手を合わせたり握れたりするものがあるっていうことは、すごく大事だと思うんです。手を合わせるものがあるかないかで全然違うんですよ。散骨で全部撒いてしまって、そのときはすっきりしていいと思っても、あとで2年3年たって気持ちが揺らいでくる。なにか欲しいんですよね。

尾角 グリーフの当事者にとって大事なのは、遺骨信仰でも位牌でもいいんですけれども、「頼れるものがある」っていうことで、その選択肢がいろいろあるっていうことを伝えていければいいと思うんです。
たとえば、「千の風になって」のCDをもらっても、受け取った側は、喜ぶ人もいれば、そうでない人もいる。「やっぱり私はお墓参りに行ってこそその存在を感じられるんだ」という人がいたら、それはそれでいいと思うんです。でも、どういうふうにその気持ちをもっていったらいいのかわからない人に選択肢を伝えることが大事だと私は思っていて、その選択肢を増やすこともとても大事だと思ってるんです。山崎 そして、そういうのは理屈からくる話ではなく気持ちからくるもので、その気持ちに意味づけができていれば、被災者は木だろうが箸だろうがしっくりくるんです。

宗教者の言葉が助けになる場合

Okei その意味付けをするのに、宗教者の言葉は助けになると思われますか?

山崎 う~ん、助けになる場合もある。「そういうふうにされたらどうですか?」と宗教者のかたに言われたら、入りやすいと思います。

尾角 ですね。たしかに説得力がある場合もありますね。

山崎 繰り返しになりますが、今回の場合は、天寿をまっとうしたわけじゃなくて逆縁とか不慮の死というタイプものもなんですよね。だからすごく心が残ってると思うんですよ。もう充分に介護をしてさようなら成仏してねっていう別れかたじゃないから。それこそ、津波が押し寄せて目の前で別れてそのままなんていう人は特に。

秋田 今回土葬がなぜ多いのかという理由をある新聞で、火葬は時間がかかる、だから他県へ移動してということもあるけれど、やっぱり生まれ育ったその地で眠らせたいという遺族感情があるわけです。それを優先すると、土葬なんだと。しかも今回の土葬は一時的で、何年か後には掘り返して火葬するそうです。仙台で活動中の牧師のOさんのTwitterのなかで、宗教者の役割は、弔いとともに、「たしかにあなたの家族は亡くなった、成仏した、ということを言い切ることだ」という発言がありました。たとえ方便であったとしても、しっかりと言い切ることが必要だと。

Okei 私は、やっぱり宗教性というか、見えないものを信じられる力(宗教リテラシー)は大事だと思っているんです。私の知る宗教者のかたは全骨散骨でしたが、2年たっても奥さま何も揺らいでいないんですね。それから、冒頭のプレゼンでふれたように、1月30日のひとなみ座談会で知人の僧侶は、「ご遺体がなくても葬儀ができる」と言ったんです。その言葉が、今回とても強く響いてまして。
ご遺体がなくてもきちんと成仏したということを言い切るのは、宗教者にしかできないことですよね。

尾角 ただし、グリーフの専門的な話から最も懸念しているのは、直後の1ヵ月2ヵ月で亡くなったことを突きつけるのは、すごい危険なことだということなんです。その知識があるかないかっていうのは懸念しています。その人によってタイミングが違うので。
私は今年の5月8日に、母の日プロジェクトで「亡き母のために」ということを届けることに戸惑いがあったんですね。まだ亡くなってないと思っている人にとってはそれを突きつけることが危険であり、でももう亡くなったという感覚になっている人にとっては、「去年はあんなふうに過ごしたのに」とすごい喪失感なので、両方の立場を考えながら、亡き母にも生きてる母にも届くように、「やっぱり届けよう」と。傷つく人はきっと出るだろうけれど、出てもやっぱり、やることを選ぶほうが、地震の経験から喪失感をもっている人がつながっていく可能性になる。
宗教は、そういうことを伝える力は、むちゃくちゃあると思います。伝え方とかタイミングをしっかり見極めながら言い切ることが必要。言い切る必要があるけれど、知識をもってやることが必要。

Okei 当事者が受け容れる気持ちになったときが、そのタイミングであり、こちらから強要するものではないと?

尾角 アメリカのテロのあと、1年間親を探し続けた子がいるんです。それをもしも途中でやめさせてしまったらすごい深い傷が残るんですけれど、納得いくところまで旅しながらそれをさせたんです。最後に自分のなかで節目として「もうみつからない」と思ったときに、ようやく亡くなったことを受け入れられるわけで。誰かが途中で「みつかるわけない」なんて言っても、PTSDを助長するだけでケアでもサポートでもなんでもないんです。そういうところは本当に注意しないといけないなと思うんです。

秋田 遺骨収集団なんて日本特有のものじゃないですか。遺骨でつくった仏なんて外国人にとってはグロテスク以外のなにものでもない。遺骨に対する執着心がある。それはある種、遺骨になったことでステージが変わる、亡くなったということを確認する禊みたいなもので、さっきあなたが遺骨と位牌の違いをおっしゃったけれども、僕はそれはセットじゃないかと思うんです。遺骨の信仰は、日本人としての風土じゃないかと。だから個人的には、散骨っていうのがかえってよくわからないんですよ。

Okei なるほど。後方支援に徹したり、当地に行かないでもできることというお話が前半でありました。そのいっぽうで、「何もできない、でも笑っちゃいけない気がする」と、自粛ムードは広がったまま、何もできていないことにイライラする気配は、小学生からお年寄りまで多くのかたへとひろがっていると思うんです。
そのなかで、「祈る」ことのお手伝いをお寺がするとか、「遠くから祈るだけで、亡くなった人を無縁にしないことにつながる」ということを伝えたりすること、それと付随して義捐金を募集したりということは意味があると思うんです。
そういう拠点にお寺がなることで、モラハラで苦しんでいる主婦とか、生活保護もらってて何もできないと感じている人でも、「支援に回れる」可能性があると思っています。
たとえば、ひきこもりで家から出られないけれど、ネットを介して祈りに参加することで、被災地へ思いを伝えられるといった試みはありますか?

根本 自分が対話している人たちは、自分のことで精一杯で、あまりまとまって何かやろうという声はないかもしれません。超宗派で追悼法要など考えているところではあります。それよりも、安心して言える場所だったのが自粛ムードで静まっている、というのがいまの状況です。

Mさん この間NHKで見ました。ネットを介しての読経、やってはる人いますね。

Okei 秋田さんが企画されている、4月10日の表現者を集めての催しも、遠くにいてもできる何かですよね。

何も支援できない、という無力感

秋田 何もすることができない無力感というのは私がそうでして、最初の一週間は自分自身が虚脱感に見舞われました。Twitterで情報をいろいろと発信していたら、「祈ることは誰でもできる、今必要なのは救援物資だ」とコメントされて、「おぉそうか」と思ったんですけど(笑)。
でも、救援物資はもちろん必要だけれど、その心をはぐくむところに宗教の役割があると思っています。
ただし、いまの一般的な人にとって「祈る」とは何かを考える必要があります。私たち宗教者は祈ることは、宗教行為として考えるわけですが、この應典院にやってくる若い人たちを見ていて、それは祈る行為をすごく規格化することにならないか、とも感じます。型を守ることは大事だけど、型に縛られない祈り方を保証していくことも大事であって、若いアーティストたちが、ダンスをしたり、歌ったりする中にも祈るはあるわけです。ここはこういう場所だから、この様式に則って、という前提を外して、銘々が内側から表出する祈りを、そのまま受け入れる場所があっていいんじゃないか。4月10日は、そういう場にしたいと思っています。また、それを起点にして、「祈りとわかちあい」の場を継続的に提供していけたら、とも考えています。

Okei 神道の神々も踊るので、お話をうかがっていて、アメノウズメが踊って岩戸が開いたイメージが浮かびました。日本人はいろんな宗教を雑多に受け容れられる不思議な民俗といわれていますが、その雑多な宗教観を、一神教の国の人たちも持つことができれば、戦争を回避する方向へいくかもしれない。仏教徒だから仏教の儀礼をやらなきゃいけないということはないと思うんです。
お配りした資料の山折哲雄さんの著書の引用部分の少し前には、「極限状況にあって、人は宗教的な言葉よりも詩や短歌のほうが浮かぶ」とあるんです。これから特攻に行くという青年は、辞世の短歌を詠んだりしたと。

秋田 震災短歌を詠んでいる人もいますね。阪神のとき「震災詩」という独自のジャンルが生まれ、たくさんの現代詩が生まれたほどです。示唆的なことかもしれませんね。

音楽、ラジオの救い

山崎 僕は震災後、サンサーンスの『白鳥』をよく聴くんです。すごく安らぐんですよ。理屈で人は動かないと思うんです。安らぎのある曲を聴くだけで人はやさしくなれるとか、心の弱った人に対してそれをどう伝えられるかが重要なんじゃないかな。

Mさん ラジオもいま、音楽を流してますね。癒し系の曲を。

秋田 ラジオ、いいですよね。

尾角 震災直後にラジオ福島を聞いていたんです。そうすると、「お父さんとお母さんがいま、買出しに行って並んでいます」みたいな子どもからのファックスをそのまま紹介している。でもかたや直後のテレビって、パニック状態。ラジオは冷静なんですよ。
Twitterは情報を選べるけれど、テレビは混乱したものをただ突きつけられるから。

秋田 今回、テレビを見ながらTwitterを見るというのが定着しました。Twitterだけでは細切れすぎるけど、テレビで全体をつかむ、こっちを見てあっちを見て・・・・・だから鬱みたいになっていくんだけど・・・・。NHKが、いままで敵対視してたユーストリームを初めて認めたし。メディアの状況もすごく変わるでしょう。

Mさん ラジオのアナウンサーが、涙ぐんでいっとき止まったんですよ。本当は淡々と冷静に伝えなきゃいけないのに、とこらえながら。

今城 想像力をかきたてますよね。

Okei 石田さん、お帰りになられる前に、最後にひと言いかがですか。

石田 震災が起こる前から無縁社会といわれていて、みなさんが孤独感・ストレスを持ってるなかで、お寺の役割ってものすごく大きいんじゃないかと思ってたんです。
お寺はたくさんの数があるので、ネットワークをつなげても、個別で地域密着でも、いろいろできると思うんです。すでにいろいろな試みをされているお坊さんもいらっしゃいます。また、私たちがお寺からの情報を流すだけじゃなくて、国際協力した相手方からの情報をまたお寺へ還元していったりしていくと、どんどんアイディアがつながっていくんです。
お寺の門を閉ざしているところもたしかにあるんですが、行く側が敷居が高いと思ってしまっていることもあるので、音楽会をしようとか、アーユスでもチャリティバザーなどを開催して、人とのつながりをひろげていくという意味で活動してます。

Okei 石田さんが期待を持たれるような「すばらしいお坊さん」もいらっしゃるけれど、東京では、4~5人集まれば1人からはたいてい、お坊さんに理不尽なことを言われた話、ぼったくられたという具体的な話が出てきます。つまり、ごく一般的な良識をもつ人からみて、「信じられない僧侶」というのが、決して「ごく一部」ではないんです。

秋田 信頼できるお坊さん、ってどういうのをいうの?

Okei 今回のように義捐金を集めるときネコババしない(と信じられる)ことがまず第一。お寺の最低限の経営は成っていかなければいけないけれど、儲かったぶんはベンツやロレックスの時計になるんじゃなく、地域や社会に還元してくれる人。

秋田 儲けないお坊さんはいい人ということになるわけですか。

尾角 儲けてもそれが循環していけばいいんですよね。

Okei そうそう、NPO的な感じで、自分たちに分配しないで、社会へと。

尾角 お金なんですかね、問題は。

Okei 精神的なことをいえば、「一般の人よりもがまんしてない」のは、一般の人は違和感をおぼえると思います。サラリーマンでも禁煙する人が増えて、お酒もあまり飲まない人が増えているのに、昼間からたくさん飲むとか。

尾角 お坊さんたちからみていいお坊さん、ってどんなかたですか?

今城 いろんなタイプの人に「いいお坊さん」だと思うことがあるんですよ。ステレオタイプ的にこういうのがいいお坊さんというのではなく。

尾角 共通項はないんですか?

今城 自由にやってる人、でしょうか。自分のやりたいことをやってる人。だから、社会性がないのかもしれない。山へ篭って修行してるお坊さんに社会性を求めてもしかたがないし・・・・それを僕はいいお坊さんだと思うし、逆に社会へ出て活動されてるお坊さんも、いいお坊さんだと思う。でもその人たちは逆に俗っぽくはなります。そういう俗っぽさも、何が悪い?という場合もありますし。だから、こういうのがいいお坊さんというのは難しいですね・・・・

山崎 NHKの朝の連続テレビ小説「てっぱん」に出てくるお坊さんはどうなんですか?

秋田 あれは袈裟をみたら浄土宗だね(笑)。

山崎 人生とか家族の問題がいろいろあったときに、ひとことちょっと気の利いたことを言ってくれる、ふつうの人と違う角度から「ああそうか」と思えるようなことをちょっといえる人。それってすごくいいお坊さんだと思う。

Okei あと、「てっぱん」では、普通の人が普通に話せる距離にいてくれるお坊さんを描いてくれているので、いいなと思いました。

尾角 究極のことを言えば、自分が死ぬときに呼びたいお坊さんがいいお坊さん。死がわかる病気になったとき祈りを捧げてくれるお坊さん・・・・秋田さんがいいけど年齢が(笑)

Okei 死に直面したとき、という話がありましたが、いまはベンチャーや個人事業主が増えて、事故に遭っても家族に連絡がつかないという問題は、無縁死とともにあるんだと思いました。(それをつなぐ地域の核として寺の可能性は?)

山崎 僕にとっての単位は家族なんですよ。昔ながらの小さな集落では、家族とお寺さん。家族の救いの役割が僧侶とかお寺、というつながりかたをするのかなという気がするんです。
被災寺を再建させるということは、その地域の家族の拠りどころになっていく。

秋田 そうですよね。

山崎 家族があるんだけれども、家族だけでは解決できない心の問題とか、そういったことは地域のコミュニティのなかでお寺がつないでいく。

関西と東京。寺檀関係の差異

Okei 京都は、檀家関係のある人が何割くらいですか?

山崎 どうだろう・・・・月参りとかはやるからね。葬式で屋根のあるところ(お寺か自宅)で葬式するのが5割といわれてます。あとが会館。ということは、会館葬でも菩提寺のお寺さんを呼ぶこともあるから、5割以上なんでしょう。

Okei 7割くらいでしょうか。

秋田 そうでしょう、大阪も多いです。

Okei 東京は2~3割といわれているんですね。だからいまのような「核になれる」話がほど遠い気がします。
お寺の規模の建物の修繕費などを、少なくなった檀家数で支えていこうとしたら、一度の葬儀で何十万もらわないとやっていけないというのは感じますが、それが伝わっていない。

秋田 月参りだけではないと思いますが、生前の関係性に着目されないまま、葬式のワンスポットで議論が進むところに違和感を感じます。
僕は、宗教儀礼があるがゆえにたちまち救われるのではなくて、そういった僧侶の働きも大事だけれども、死生観、信心、信仰が儀礼に響いていくという関係も必要だと思うんです。
二泊三日の限られた時間での儀礼ではなく、死後の遺族とのつきあい、その遺族の死、とサイクルになってつながっていくんです。そういった長いサイクルでつながっていかないといけないと思うんです。
ここへ集まってくる若者は、縁のない人たちが多いです。その若者たちと、さっき申し上げたような場づくりを通して出会いなおして、そこから彼らにお坊さんとして語りかけることをしていきたいなと。僕は、積極的な布教はしませんが、ご本尊を拝んだり、風景と対峙したりということは、彼らのなかになにかを伝えていく。
いまは、毎朝彼らに法話をします。すごく響きます。こういったときに歌舞音曲をすることにためらいがあるかもしれない。だとしたら、そのためらう気持ちを大切にしなさいと。ためらいを抱えながら、その気持ちを祈りに振り向けて表現してほしいとメッセージしてるんです。それが宗教であるかどうかは別として、自分の内面に秘めたスピリチュアルなものを掻き立てていく場として、ここはあると。それは、ある意味長い葬式仏教の予行演習ではないのか。いざ葬儀のときにどう感じられるかというのは長い道のなかでゆっくり培養されていくもので、だから関係性と場こそが日本の仏教の可能性だと思うんです。