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生きづらさと向きあう任意団体

日本人の精神構造を英語でひも解く勉強会

2012/9/10 @要町なんてんCafé
ひとなみ & Findanect 共同企画

【この勉強会の目的】
日本人は、どうしてクリスマスの1週間後にはお寺で除夜の鐘を聴き、その翌日に神社へ初詣でをするという「ごった煮」の宗教感覚を持てるのでしょう。
日本人にとって宗教とは、頭で感じるものなのか、心で感じるものなのか。その場合の「心(頭)」とは、英語でいうと、mind なのか、heart なのか、soul であるのか、あるいはspirit や、それ以外の言葉なのか?
こうしたことを、宗教者のかたがたが海外の人にも平易に説明できるようになることで、宗教間の思想的対立を軽減させることにつながり、ひいては世界平和に貢献することとなるのではないかと考えます。
年末年始を前に、方向性をまとめたいと思っております。

【開催のきっかけ】
2011年12月、「三田の家」にて慶応大学の手塚教授が主催された「宗教を語る」という催しの場に、ひとなみから僧侶3名・神職1名が参加。主にイスラーム圏の留学生らと、宗教意識の違いについて意見交流することとなりました。
「日本人は、どうして親戚に言われたからといって、葬儀に僧侶を招き、手を合わせることができるのですか?(信仰がないのに、手を合わせられるのはなぜですか?)」
という質問に端を発し、日本人の宗教意識はどうなっているのか? ということを考える大きなきっかけとなりました。
ひとなみ主宰者であるOkeiは、以来、今回の勉強会を立ち上げたいと考えてきました。
夏に、Findanectという会社の河西大樹さんとお会いする機会がありました。Findanectは、坐禅体験などをきっかけにお寺の良さに気づいた河西氏らが、「お寺の良さを世の中に伝えるため」に、3人で起業した会社です。
ファインダネクトの3人が英語堪能であるとのことで、ご協力いただき、かねてより開催を希望していたこの勉強会を立ち上げられる流れとなりました。

【参加メンバー】
増田俊康(真言宗)、色摩真了(真言宗)、髙橋泰源(真言宗)、藤尾聡允(臨済宗)、
吉田健一(浄土宗)、酒井仁成(全日仏)、小川有閑(浄土宗)
角田善彦(三田の家)、河西大樹(Findanect)、劉 雅莎(Findanect)、Okei(ひとなみ主宰)
【議事録】※お忙しいかたは、認識その○という見出し部分を拾い読みしていただきますと、この日話し合われた要旨をつかんでいただけると思います。

認識その1 日本は、先進国では珍しいアニミズムの国

増田)真言宗の場合、いまでも、仏さまと同時に神様のことも拝むんです。法要のときも、葬儀のときも。

色摩)私は、飢饉や災害などが続き神道だけでは人を統治できなくなってきたので、その土地の神々が「私は仏教に帰依する」と言った、という話がある、ということを本で読んだことがあります。

増田)仏教自体、拝む対象が無数にあります。
だから、日本人はいろんなものに対して人智を超えたものを感じるのが不自然じゃない、というのもあるかもしれません。

高橋)バラモン教の神々とも合わせてしまったりしますよね。

増田)仏教では、人間も拝まれる対象になる(人が成仏する)ので、あなたも、あなたのおばあちゃんもいずれ仏になる。そういった考えが、アニミズムと融合しやすかったのかもしれません。だから、みななんの疑問もなく神社にも行くし、お寺にも行く。

Okei)実際、一般のかたって、「お寺と神社の違いはどこで見分けるんですか?」という質問が出るくらい、区別がないんですよね。

河西)そうですね。一般の人からすると、宗派の違いや、神社とお寺の違いがわからないし、儀礼の違いもわかっていない部分がありますね。

Okei)なんとなく尊いところへ行く、という感じで、クリスマスは教会、1週間後はお寺で除夜の鐘、翌日神社へ、となるんですよね。
その、「なんとなく尊い」がキモだと思うんです。その内容を分析して、英語で説明できるようになりたいと思うんです。
キリスト教やイスラーム教ですと、唯一神以外は尊くないわけですから。

河西)外国人からすると、「本質的にどういう思いがあって、日本人がクリスマスを祝い、神社、お寺に行くのか」が疑問なんです。われわれは、ただ尊いから行っている、のでしょうが。
建長寺さんではいかがですか? 日本人のかたと外国の方で、ひとつのことについて違う観点から質問されたりということがありますか?
たとえば仏像をみたときに、日本人は「きれいですね」とか「癒されますね」となるでしょうが、外国のかたは違いがありますか?

認識その2 シンクレティズムは(日本だけでなく)、どこにでもある!

藤尾)そうですね……。その前に、シンクレティズムsyncretism(全く異なる、あるいは正反対な信仰を調和・調整する試み)の問題があります。
いまアメリカやヨーロッパでやっているクリスマスの習慣は、イエスの生誕とは関係ないですよね。ベツレヘムでは、モミの木なんかないし、雪も降らないですから。
サンタクロースなんていうのは北欧の伝説です。それを習合させている。
もちろん聖書に基づいてやるけれども、儀式的なもの、お祝いのしかたは、地域の風俗習慣と組みあわされて、独自のものになっている。要するに、シンクレティズムです。

日本の場合は、お歳暮とか忘年会という、もともとクリスマス的な習慣があったわけです。そこへクリスマスという名前でもうひとつ付け足しただけで、その頃にギフトを贈り合って飲み食いするということは、そもそもあったので入りやすかったわけです。

Okei)なるほど。

認識その3 日本の宗教意識は、1つの神(唯一神)との“契約”ではない。契約がないから、尊いものをすべて敬うことができる。

藤尾)ヨーロッパでは戦争なども多かったので、命を救われるために契約する、神様と契約する、ということがあります。
日本仏教の十戒と、キリスト教の十戒は、半分重なっているんです。キリスト教では、仏教と同じ倫理的なものが5つと、あとは戒律という意味あいではなく、「契約」の条項が入っています。

religion は creator of universe との契約、absolute existence(絶対的存在)が救ってくれる。
日本には、そういった概念はない。

日本はむしろ、供養という概念がある。すべてのモノに神がいるので。いろいろなものを敬う。契約をしているわけではないので、ほかのものをも敬える。
転勤先の神様も敬うし、実家の氏神様も敬う。
仏教でいえば、(いろいろなものとの)縁がある、という考えになります。

認識その4 「仏教は契約がないからreligionというよりphilosophyでは?」と問われたら……⇒「修行と実践があり、それによってブッダに近づくことをめざすのでreligionである」と答えよう!

だから、仏教は「宗教じゃないんじゃないか。哲学なんじゃないか」とも言われます。
しかし、修行と実践がある。そのことによって、自分が仏陀に近づくことをめざすので、宗教であると考えています。

いっぽう神社は、人を祀っているところが多いですね。
八幡さまは、八幡太郎義家という武将。天神さんといえば菅原道真。
生きている人が亡くなって、守り神になるという考えがあります。
神道のそうした部分は、「修行と実践によって(一般人が)仏陀になることをめざす」という仏教的思想と融合しやすかったと思います。

三十三回忌法要を過ぎたらみな仏になるという日本(独自の)仏教思想と、死後50年過ぎたらアラミタマがニギミタマになるという考えとが合わさったわけです。
Okei)梅原猛さんが『隠された十字架』で、同じことを説明していました。怨霊思想というのが古来からあって、滅ぼした側が、怨霊をおそれて寺や神社をつくる。

認識その5 古き良きもの、新しいもの、双方バランスよく大事にしている(?)

増田)うちの寺で、4年くらい前にお地蔵さんを修復しました。そのときに、「どんなふうに直しますか? 大きく分けると2つあります」と言われました。つまり、ピカピカに直すか、古めかしいように直すかと。
私は、歴史があるように古めかしくしてほしい、と言ったら、
「若いご住職って、みんなそう言うんですよね」
と言われて、意外だったんです。
仏教ではなんとなく、古めかしいほうがありがたい気がするんですが……
神道では新しいものがいい、とされるようなんですね。お伊勢さんも20年ごとに全部つくりかえるし。
外国の人は、そのあたり、どう考えるんだろうなと。

藤尾)唐門なんかは原型に従うと金ぴかになりますね。いっぽう、だんだん色あせて古くなることを珍重する向きもあります。
外国のかたが、古い畳や、壁のシミだけをカメラに収め続けていた、ということもあります。
歴史の荒波を耐えてきたものに価値を感じるということは、あると思います。

Okei)外国の人でも、アンティークを珍重するというのはありますね。古いものには魂が宿るというような。
北欧あたりは神話が残っていて、八百万神的なのかもしれません。
河西)自分にとって利便性が求められるものについては新しくしてほしいと思うのが万国共通だと思うのですが、生活に直接リンクしないものについては、そうでなくてもいいということはあると思います。
伝統的なもの、仏像やお寺、歴史的建造物に関しては、他者からすると、古い昔の部分を保ったまま、崩れちゃいけないというニーズが出てくると思います。
そこまでは、外国人と日本人の求めるものは同じなのでしょうが、無宗教といいながらも仏教思想が根本にある日本人というのは、古きよきものを保つことに熱心であるように思います。
先進国で、ヨーロッパには洋館など古いものが多いですが、アメリカでは歴史との調和や融合がない地域があると思います。
Okei)時代の波もありますよね。
昭和末期の頃は、日本人は建物をすぐ壊す、ヨーロッパは100年以上の建築がたくさんある、と言われました。
全世界共通で、新しいものばかりになると、古き良きものを思い出したい、古いものばかりになるとアメリカ的なモダンなものにあこがれる、といったサイクルはあるように思います。

藤尾)ずっと歩いてきた街角なのになにか違う、と思ったら、何十年とあったモミの木が伐り倒されていた、というようなことがあります。
年代によっても感じ方は違うと思います。私の幼少のころはテレビも電子レンジもなかったので。

色摩)そうですね、サイクルがあるというのは同感です。

※参考 唐津(佐賀県)の鏡神社。

同じ神社にも、新しい鳥居と古い鳥居が同居していることがよくみられます。

鏡神社一の鳥居 ←入口の一の鳥居は純白に輝き、
真新しい雰囲気。
奥へ入って二の鳥居・三の鳥居と
だんだんに古くなる。
写真は三の鳥居。→
鏡神社二の鳥居

(吉田健一さん、酒井仁成さん登場。色摩さん早退)

認識その6 坐禅や仏像は、一神教をも受け容れる(欧米の修道院でも坐禅を採用しているところがある)。
現代社会で求められているのは、仏陀あるいは“神概念”に近づく「実践」

劉)私たちが日常、「いただきます」と手を合わせるのは、単なる文化的な記号なのでしょうか。
信仰というより、私は丁寧ですよ、食事に対してありがたいと思っていますよ、というような。

Okei)信仰というよりは文化的なものになっていると思いますが、逆に昨今は、「いただきます」が言えない子が増えているという問題も指摘されています。
ビジネスのスパンも短くなっていて、祖父母が敬われなくなっており、高度経済成長以降、文化も精神も分断された状態になっているように思います。
(「迷惑かけたくない」、と語る中高年⇒伝統儀礼や寺壇関係とのつきあいかたも伝わっていない現状)

河西)先進国の状況が他の国でも繰り返されていくということを考えれば、中国もやがてビジネスのスパンは短くなっていくのかもしれません。
経済の理論ではそうなのですが、私自身は逆に、日本以外のどこかの国では、経済の指標が日本と同一水準になっても、そういったことが失われないということが起こるのではないかと思っています。

劉)中国は、家の外と、内側とが明確に区別されているんです。自分の家族・親族、つまり内側の人をものすごく大事にするんです。
日本は、縁側と言う、ウチでもソトでもない部分があるので、外に出ても礼儀正しいし、他人からどう思われるか気にします。そのかわり、家族をそこまで濃厚に思わなくてもすんでいたり。

河西)どっちがいい、悪いというものでもなく、どちらも良い面、悪い面があるよね。

僕の感覚では、仏教って、ルーツの部分が抽象化されているような気がするんです。
おおもとにある部分、手を合わせるのはどうしてなのか、について誰にでも説明できるものがない。「アラーの神に祈るため」というような説明がない。

藤尾)仏教の場合は、契約の宗教ではないので、相対的なものしか存在しないんです。あらゆるものの区別は認めるが、差別はしない。たとえばイスラム教的な、これに帰依したらほかは認められない、といったことはないんです。
一部のミッションスクールなどでは、神社では合掌してはいけないと教えているところもありますが。
キリスト教的世界では、Creator of universeに対する畏敬があると思いますが、日本で「いただきます」と手を合わせるのは、「作ってくれた人」へのお礼であったり、天への感謝であったり、ありがたいことへの感謝いろいろ、なのです。

外国人が建長寺に来る場合、仏陀になるための方法、修行の方法を求めて見えることが多いです。ヨーロッパの経営者も錚々たる人たちがみえますが、仏教の修行と実践、自分が仏陀になる方法をめざしています。
単純に、日本の歴史や文化が好きで、ということではなく、企業で勝ち抜いていくために、しかも共存共栄していきながら鍛錬をする、自分が成長することによって企業も成長する、社会にも貢献できる、というのが目的です。
最近は、心理学、カウンセラーのかたも多いです。

仏像は、そもそも臨済宗では崇拝しないのですが、「仏像のいわれ」などについて質問する人はほとんどいません。

Okei)そのかたがたは、キリスト教徒のまま、修行と実践を求めてくるのですか?

藤尾)ヨーロッパの修道院でも、坐禅を採り入れているところもありますから。

Okei)なるほど。坐禅や仏教そのものが、「他の神との契約をさまたげない」ものであるがゆえに、彼らが契約している一神教の“神概念”に近づくための実践としても、採用できるわけですね。
いろいろな事象をそのまま、多様に受容することが、現代社会の複雑な問題の解決に役立っているのかもしれません。

藤尾)そうですね。たとえば自死の相談でも、自死がいいとか悪いとかいうことではなく、原因があって結果がある、ということから考えます。社会に追い込まれて殺されてしまったようなもので、いくつかの原因が揃えば、水がコップからあふれてそういった状態が起こってしまう、顕現してしまう、といった説明をします。

河西)私自身、投資銀行と協働して仕事をする中で、周囲の人にヒアリングしてきました。仏像が、いつつくられて、何を顕している、といった表面上の情報にはあまり興味がなく、本質にあるもの、自分自身を高めることを求める人がほとんどである、という手ごたえはありました。

藤尾)最近、イスラム圏のお医者さんで、80を過ぎている患者に開胸手術をするのか、薬だけでするのか、内視鏡手術をするのか、悩むというんです。内視鏡でやったらどうもおかしい、もっと広がっていた、最初から外科手術をすればよかった、と悩むわけです。まじめな人ほど、悩み、落ち込むんです。
それを立て直すために、坐禅道場などを訪れる人が多いですね。
犯罪被害者のカウンセリングをしている人なども。

河西)坐禅に対するアンケートを日本人と外国人にすると、日本人はどちらかというとネガティブアプローチなんです。弱い部分を改善したいとか。外国のかたはポジティブなアプローチが多い、病んでもいないし、困っていないが、より高まるため、より強くなるためと。

藤尾)昔は日本でも、武将などは高まり強めるための実践をしていました。いまは、そういう人はまず欧米側を向きがちなので、精神の面倒をみる余裕がないんでしょうね。

認識その7 原理主義に偏りすぎず、超宗教のススメを!
本質をきちんと押さえた上で、日常生活の中にも容易に宗教的実践を採り入れられる指導者が求められている。

Okei)日本人が、法話を聞いてもピンとこないけれど、教会で懺悔したらすっきりした、ということがあるように、目新しい方法だと救済されるということはあると思うんです。
個人的には、超宗教というか、「ごった煮」感覚を世界にひろめたほうが、平和に近づけると思ってはいるんですが、中には、一神教の人で、他の宗教の儀礼をおこなうことを揶揄する人もいると思うんです。
桜葬の合同慰霊祭で、仏教式・キリスト教的・無宗教式、で儀礼があったとき、熱心なクリスチャンのかたが、「異教徒のかたには賛美歌を配ってほしくなかった」とおっしゃったことがあったんです。
そうしたかたがたに、どう説明すればソフトランディングできるのかなと。

河西)他宗教の儀礼を、「体験できたらいいよね」という意見を持っている人は多いです。
実践を通じて自分が仏陀になるまでの過程を教えるけれども、必ず坐禅の過程を厳密に行い、何年間やらなければいけないわけじゃなく、個々人でカスタマイズして採りいれられる、ということでいいんじゃないかと思います。

たとえば仕事の前、寝る前などに、軽く実践してくれるので構わない、とおっしゃるお坊さんがけっこう多くて、本質的な思想を学んだうえで、採りいれたいところだけ採り入れていく、という。

藤尾)「本質を学んだ上で」というのが重要だと思います。
知らない人が、マネごとだけ、では実践にならないと思いますが、武道や芸能と同じで、ひと通りきちんと知ったうえで、採りいれることが大事だと思います。

日本での宗教は、契約に立ったreligionではなく、旨とする教え、なんです。ですから、たとえば菩提寺のある人が聖書を手にすることは構わない。書店に行けば売っていますし、禁止はされていない。
賛美歌や聖書を、異教徒に配るべきじゃない、というのは、原理主義に偏ってしまうと思います。

河西)「私はキリスト教徒だけれど、坐禅を組んでもいいの?」と聞かれたら、どうしますか?

藤尾)さきほどの原理主義的な考えの人は、まず座禅会に来ないとは思いますが、「なぜ、そういうふうに思うのですか?」と質問します。宗教以外の理由かもしれませんし。

吉田)私は、物語の重要性があると思います。religion(契約にもとづく)ではないのはもちろんですが、われわれは宗教観・世界観を共有しているというエクスキューズがあったうえで、教会いったあとに神社に行く、ということが「おかしくないんだ」と共有できているのであれば、それでいいんじゃないかと。
坐禅に行く、というのも、そういったように自分を高めたい人の間で共有できているのであればいいんじゃないかと。

高橋)しかし、多くの僧侶が昨今の仏教儀礼でやっていることは、先祖供養と、死者への引導を渡す、ということだけですよね。

Okei)そうですね。もっと多くの宗教者のかたがたに、こうしたことを考え、また「本質を理解した上でカスタマイズして」、日常生活のなかにお念仏や坐禅、あるいは瞑想といった仏教的実践を採り入れていくための指導やサポートをしていってほしいと思うのですが、まだまだですね。

認識その8 物語を再構築していけるか否かが、宗教者の最重要課題

Okei)ところで、劉さんがさきほど、「いただきます」と手を合わせるのは宗教的なものはなく、文化なのかとおっしゃいました。そうすると、日本には宗教はない、ということになりますか?
島田裕巳先生などは、クリスマス・除夜の鐘・初詣・結婚式は教会で、というひとつの「型」ができているから、綜合して日本人の宗教だ、と主張されましたが。

藤尾)物語そのものが、日本人の宗教、でいいのかもしれない。

劉)「和」というのもありますよね。

吉田)そうですね。マクドナルドでは手を合わせるべきか、まわりをみるとどうか、と。

高橋)檀家さんに、中道精神みたいな宗教に寄った話をすると急に食いつきが悪くなるんです。それよりも、仏事のしきたりのほうがずっと聴いてもらえる。
先祖供養をきちんとやって、孫子の代に伝えてほしい、ということだけ、じゃないですか。

吉田)以前は作法といったカタチだけで自分たちが救われる型をきちんと持っていたんだけれども、そういったものが崩壊してきたなかで、お坊さんが死生観・人生観を語れるかどうか、そういったことを再構築していく時代なのかもしれません。

高橋)そうした長年のお約束をぶち壊しにきているのは、永代供養墓(なになに家の墓ではないので受け継がれない)と直葬ですよね。

Okei)それも含めて、永代供養墓を選択されたかたにも物語を再構築していける力が、宗教者に求められていると思います。

認識その9 日本人はreligionという概念自体に、慣れていない!
「信仰心」ならYESと言えるけれども、「宗教」と言われるとNOになる。

逆に、戦後の「宗教」NGという空気がありますよね。
宗教といえば、新興宗教を指していて、毛嫌いされる。
そんななかで、人口の1~2割の人がじつは新興宗教の徒であったりするという事実もある。
来迎図、を20年前は信じられる人が多かったかもしれないけれど、それもごく少数になっているので、世界観そのものからも、宗教意識のようなものがとても薄くなっていると思うんです。
外国ではどうなんだろう?と。

酒井)「あの世」を信じる・信じないということについて、成長の過程で選択肢がある、という感じになってきていると思います。
昔の人であれば、あの世があって当たり前だったと思いますし、地域によってはいまも当然なのかもしれませんが。
時代背景の中で、「あの世がなかったらなんのために生きているんだ?」と感じる時代もあったと思いますが、いまは物資があふれてこの世ですべきことがたくさんあるし、あの世というもの自体を疑問視する考えかたもできるようになってきているんだと思います。

吉田)そのあたり、キリスト教圏では、そこで哲学なども含めて考えが深まる土壌があるけれども、われわれはなかなか見つめるための言葉を持っていない、ということはあるかもしれません。
日本でなぜ「宗教」という言葉が使われるようになったかというと、日本が開国を迫られたときに、はじめてreligionという言葉が入ってきたわけです。それ以前は、どこの国の人間である、といったアイデンティティすらなかったわけです。

religionという言葉は、あまりにもキリスト教世界に偏っているんではないか、という指摘は、宗教学のなかでもあるようです。
「宗教」という言葉を突きつけられると、日本人としては「信じてません」としか言いようがない、というような。
「信仰心」であれば「持っている」と言えるけれども、「宗教」と言われるとNOになってしまう。

認識その10 欧米人はinner peace の安定を求めて仏教的実践に取り組む

酒井)アメリカで仏教が市民権を得てきている印象はあるんですが、禅宗系が強いようです。同じ仏教徒として興味があるので聞いてみると、さきほどの藤尾さん河西さんのご発言と同じように、自分の人生について真剣に悩んだ人が、仏教の教えに耳を傾けている感じです。
あの世がある・ないではなく、生きているうちに自分のプラスになるような教えが仏教にはあって、そこを学びたいと。
禅のプラクティスを体験して、自分を高めたいと。
そこで浄土とかあの世の話をすると混乱するんですが、海外の人は、心の中の平和、inner peaceを求めている。そこは、キリスト教で与えられるものでは充たされていないように感じます。

吉田)それは要は、彼らはreligionのアンチテーゼとして、spiritualityとして、もう少し普遍的でゆるやかなものとして仏教を求めている、と言えるのかな。

Okei)それは西洋の哲学者、ニーチェなどが仏教に回帰するのと同じようなことかもしれませんね。
日本だと、お寺は門があいてないし、相談できる雰囲気じゃないけれど、教会なら懺悔していいんだろうという感覚があって、高校生や大学生も相談に見えるようなんです。
でも海外では、教会が問題解決の場になっていないのか、懺悔して吐露するよりも禅などのほうが解決につながるというのは不思議に思います。

劉)自分も鍛えなければならないけれど、「共存」もしなければならない、という時代、エコも含めて、そういう時代なので、仏教的な方向なのかもしれません。

藤尾)innner peaceの問題に答えられていない、というのがさっきありましたが、いくら勉強しても、聖書を読んでも到達できないものが、身体作法、practiceの要素があるとはじめて腑に落ちる、というところもあるのかもしれません。

増田)来迎図の話に戻りますが、昔は村ごとにお坊さんが一生懸命説いてまわったと思うんですよ。
実際、非科学的だといわれてしまうので、説いてまわるお坊さんが減ったんだと思いますが、来世が信じられなくなったら、明日のことも、極端にいえば1時間後のことも信じられないわけです。
1時間後に車で事故に遭っているかもしれないし。
私自身、宗教っていうのは手綱みたいなもので、それがなくなってしまったら、誰も見ていなければ何をやってもいい、というふうになってしまうと思うんです。
自治会で必ず出る話題が、「ゴミを捨てていく人をどうしよう」と。車で来て、家庭ごみを捨てていくんです。なんでわざわざ?と思うけれど、それを毎月掃除するのが大きな課題になるんです。
ウチのほうは家がないので、捨てていく人がいるんです。「そういう人は、見つからなければいい、と思っているんだから、しょうがない」となるんですが。

吉田)お通夜で浄土についてとかは、あまり説かないんです。熱心な檀家さんには説きますが、その場にいる最大公約数的な人たちにフィットしなければ、話せないですよね。その人の人生観にフィットしなければ、話しても意味がないですから。
いま、来光仏を見せて「死んだらこうなるんだよ」と言っても、響かない。
だから、身内という大事な人を亡くした喪失感のなかで、「あの子はいまとっても素敵なところに行くんだ」ということは共有したい。そういうところから、あの世の話をしていくことはできるけれども、いきなり響かない図を見せるのは無理があります。

増田)この間、浄土宗の研究所のかたから、数年前アンケートを取った話をされました。「あなたは自分の宗派の教えを信じていますか?」という質問でした。
われわれ真言宗は、あんまりそういう問題は起こらないんです。デパートみたいになんでもOKな思想なので。われわれは、もともといたところにまた行くだけで、極楽浄土みたいなところへ行くわけではないので。
二十五菩薩が迎えにくるんじゃなくて、ビッグバーンのころからのあらゆるものが迎えに来るわけです。

藤尾)禅宗も同じですね、帰源(キゲン)と書きますから。

増田)日本仏教の場合、同じ仏教なの?というくらい教えが分かれてしまっていて、それも昔は同じ村は全部同じ宗派だったりしましたが、いまはお隣さんでも違っている。

Okei)共感を持ちづらい、ということですよね。

認識その11 日本人が「手を合わせる」ときの気持ちを英語にすると?
heart, feelingから発するsympathyでつながる custom, ritual がある。
身体動作を繰り返すうち、そこへ trust, respect が芽生えていく。

河西)「仏に手を合わせるときの精神構造は?」「心」なのか「精神」なのか?といったところへそろそろ移っていきたいと思います。
答えはいっぱいあるんだけれど、考え方のプロセスを明確化して、「なぜmindでもあり、spiritでもあるのか」といった説明ができればいいなと思うんです。

増田)私は、sympathy がもっとも近いです。
ほとけさま、ってGODとかアッラーではなくて、あなたと一緒、という意味で。

河西)「あなた」は誰をさすことになりますか?

増田)みんな仏さまなので、あらゆる人。手を合わせるのは敵意がないことをあらわしてもいます。

Okei)健一さんも、「世界観の共有」ということでは、sympathyになるんでしょうか。

吉田)私は、この中にはないんです。カルマという感じかもしれません。僕は葬儀屋であったこともあるのですが、遺体に手を合わせるのは私のカルマなんです。そうせざるをえない自分がいるんです。誰も見てないし、自然と出てくるものなんです。
否定することはないし、自分が生きてきた、あるいは前世も含めてのつながりのなかで、自然とそうせざるをえないという「結果」でしかなくて、自分のmindとかそういうものをはるかに超えた「カルマ、業」なんです。

小川)習慣、custom、もしくは形式だと思う。そこに心を乗せやすいんじゃないかと思います。

角田)僕も近いです。ritual、という言葉が思い浮かびました。
繰り返し小さい時から身体にすりこまれている、というか。
3歳くらいのときに姉と一緒に母に連れられて神社でお詣りして、というのが、意味も分からずやっていた記憶があります。そういう意味ではritualで、そこに成長するにしたがって意味づけがのっかってきているんだと思います。
大学時代に祖父が亡くなったのが最初の葬式体験でした。高校のときアメリカに留学していて宗教に関心は持っていたのですが、そういう意味では葬式仏教といわれる形式への反発みたいなものが続いて、「数珠をもったか?」と言われるけれども、持たずに行ったり。法要のときも、「なんで合掌なんだろう?」と反発して胸に手を当ててみたりしたことがあります。
心がのっかっていればいい、カタチなんてどうでもいい、という考え方もできるじゃないですか。なぜかいまは、合掌は合掌でしっくりくるからいい、と、いまだに揺れている自分がいますが。どういう形で死者と向きあってもいい、と思います。
ただ留学するときに、宗教ということで殺し合いも起こることがある、日本ではありえないかもしれないけれど、だからそこは気を付けたほうがいい、ということは言われましたし、「そうなのか」と思いましたが。

吉田)でも、そこに合わせようとする、この場を共有しようとするのも、「業」があるじゃないですか。自分のmindは超えちゃっているけれども。

河西)ひとつの結論に落ち着かないと思うんです。
大きな軸としては、「なぜ手を合わせるのか?」の理由に、宗教的な意味合いが強いのか、もしくはないのか、という違いがあります。
無意識のうちにやっていた、というのは私も共感できるんです。
好きなスポーツの応援をしているときに、思わず手を合わせてしまう。そのときに宗教的な意味合いはないけれども、周りの人と同じ行為であると盛り上がったり。

そもそも、「手を合わせる」というのが、どこからやってきているのか、というところでルーツを探り出し、そのうえで、個々人が意味づけをしていく、ということではないでしょうか。

Okei)親がやっているから手を合わせていた、というのはありますが、お仏壇のはせがわのCMで、「おて手の皺と皺をあわせてしあわせ」と言われたときに、腑に落ちたというか。仏壇の前でも合わせていいし、ごはんの前(宗教的じゃないとき)でもいいんだなと、意味づけができた気がします。

劉)そうすると、sympathyの前にはheart、気持ち、心の部分で共感するというのがあるんでしょうね。

河西)「共感」というのは、この中でひとつのキーワードになったかなと思います。
実験的に、ふだん合掌されるお坊さんがいらして、その中に小学生を一人入れたら、その子もたぶん手を合わせるんだと思います。
まわりのかたがたに合わせる、あまり意思を伴わずにそれをやる。
それは、外国人でも傾向としてはあると思います。
外国に行って、僕が食事の前に手を合わせていると、カナダ人なども合わせてやってきたり。

酒井)いま質問を読み直して考えてたんですが、手を合わせる、というのを英語にすると僕はtrust、な気がします。
海外のお坊さんが見えて手を合わせる、というのは、自我を捨てて相手に合わせる、武器を捨てて対抗意識を持っていないと示すような。
ご飯の前に手を合わせるのも、自分がこの世の中をtrustしている、ということではないかと。
周りの状況に自分をゆだねているかどうか。気持ちがリラックスして、敵意がないときには、自然と手を合わせようと思うでしょうし。相手がたとえ自分のことを疑っていようとも、相手が自分を殺そうとしていようとも、そうした犠牲を含めたうえで、南無、敵意を持っていない、という思いが手を合わせる、につながると思います。

藤尾)ritualと言えるかもしれませんけれども、私は、ではなぜそれが始まったか、というルーツを考えます。それは自然に対する畏敬とか、食事であれば作ってくれた人や自然への感謝があると思います。大いなるものとつながっている感覚、自分もその一部だという、畏れにも似た身体動作だと思います。
言語がない頃からそれをやっているのかどうかわかりませんが。
お花を死者に供えるということは、ネアンデルタール人の頃からやっていたと言われています。
そういう身体動作は、旧人類の頃からあると思います。
それは胸に手を当てるでも構わないし、形式は違っても、なにか大いなるものとつながっていることへの感謝、畏敬があったのかなと思います。
feelingの中に、trustとかrespectとか、いくつかの要素が入っていると思います。

河西)手を合わせる行為に、感情表現という要素があるのかないのか、がキーになるかと思います。
みなさんのお話では、心、感情(感謝)は、ある、と感じました。

Okei)神道では手を合わせるではなくお辞儀だったり、商人なら右手をかくしてお辞儀だったり、時と場合によっていろいろでしょうが、藤尾さんがおっしゃった、「みえない力への畏敬」があれば、宗教なんだろうなと感じました。
見えない力を信じることができるかできないかが、動物と人間の違いである、というようなことを、以前の座談会でも聞いたことがあります。

吉田)私がご遺体を前に手を合わせてしまう、ということで落としどころにする、というのは、やはり仏教とかという枠組をこえて、ほかの文化の人でも共有できるものじゃないかと思います。

小川)外国の人はどうなんでしょう?

酒井)タイ人などは手を合わせますし、なんらかの身体行為はあります。

小川)あまり仲がよくなくてもハグしたりとか(笑) ナマステも手を合わせますよね。
こうやったら横隔膜が下がって呼吸がしやすい、という…

河西)そうです、そうです。身体的な理由が実はあるんです。

増田)真言宗の場合は、基本の合掌は違うんです。でも、最大公約数はふつうの合掌なんでしょう。

【補足】
※後日お会いした、浄土宗総合研究所のワッツ・ジョナサン氏にもコメントをいただきました。

(ワッツ・ジョナサン氏より)
欧米でも、コンスタンティヌスの時代以降は、契約という概念は薄れている。
契約というより、キリスト教世界では、宗教=「信じること」。What do you believe?
日本の仏教でいえば、浄土真宗に近くなっていると思う。
「やること」(実践)は、カトリックでは少しある(金曜日には肉を食べないなど)が、プロテスタントでは、ほとんどない。

日本人にとっては、宗教=「やること」。
たとえば、除夜の鐘を聴きに行くことで、満足できる。
だから、「自分は無宗教です」と言う。
(色摩真了さんより後日いただいたコメント)

「なぜ日本人はごった煮にできるのか?」については、民俗学とか文化人類学の範疇なのかなと考えています。
もしかしたら遺伝子まで遡らなけれ ば、日本人が多くを「ごった煮」にできる理由というのは判然としないのかもし れません。

まあ、ひとまずこの問題は置いて、そのような日本人の国民性のなかにあって、何よりも他文化との調和を大切にする仏教の性格が、日本人とマッチしたのだと思います。 そして、それは氏神様を大切にする神道への信仰とも融和できるものだったのでしょう。

神仏習合が起きた理由としては、先日も話しましたが、神道の神々では民衆を統率できなかったところに広く布教したい仏教側の思惑が合致したから、というのが結構現実的な理由かと思います。その時も仏教は排斥や服従ではなく取り込みという方法を使うのですが。

それと最近ふと思ったことで、子供が生まれてお宮参り等、神社に行き祈祷などをしてもらうことがここ数年何度かあったのですが、神道には仏教にあるようないわゆる正しい生き方についての教えというものが見あたらない気がするの ですよね(実際はどうなのでしょうか。少なく とも前面には押し出してないよう な)。仏教では当たり前のように中道や十善戒や、諸悪莫作・衆善奉行が出てくるのに。

その教えの差のなかで、 その土地の運命や共同体の安全などを祈願する対象として神道が、 道徳的なものも含め、人の生き方について、それに先祖供養の役割も加わったものを仏教がそれぞれ引き受けていて、日本人はそれらを巧みに使い分けてきたのではないで しょうか。

もちろんこれは明確な区分というよりも程度、傾向の話なのですが、そう考えると、藤尾さんがクリスマス は元々あった忘年会的なものに 外部の文化をうまく取り入れた行事と 仰っていたのも頷ける気がします。

ちなみに、私は「なぜ同じ境内にお寺と神社があるの?」との問いに、「元々、神道への信仰があって、そのあと仏教がやってきました。その仏教を神道は追い出しても良かたし、逆に神道を仏教は追い払っても良かったのに、お互いそうはせずに一緒にやっていこうと千何百年もやってきました。もちろん、それを行ってきたのは、私たち日本人です。日本人は元来、他者と仲良くする方法を模索しながら生きてきた民族なのだと思います。」とお答えしています。

次に、「手を合わせるときの気持ち」について。 インドで右手は清浄、左手は不浄という考え方が根付いていることから、右手は仏さまの手、左手は私たちの手、その仏と衆生が合わさった形が合掌であるという事はご存じの事と思います。

で、この合掌には二つの意味があると 考えています。一つは仏と私たちが「出会う」こと。 つまり、多分に日本的な発想ですが、合掌というポーズは成仏された亡き大切な方との出会いだということです。 法事の際、子供達に「右手はおじいちゃんの手、左手は君たちの手。 だからそれを合わせて目をつぶればいつでもおじいちゃんに会えるよ」と教えることもあります。

もう一つは、私たち自身が成仏、即ち仏に成るということを象徴したポーズということです。 いただきますやご馳走様をするときに合掌する事は珍しくありませんし、誰かに仕事を代わったもらって感謝の意を表すとき、待ち合わせに遅刻してごめんねと反省をするとき、そんなとき、私たちは成仏をしていて、それが表にでた形なのだと私は解釈しています。誰かの悪口を言っていたり、悪いことを考えたりしているときに合掌はしませんしね。

(Okeiから色摩さんへの返信)
手を合わせることで仏さまと会える、というのは素敵な教えですね!

あと、神道に倫理の教えがないことについて、島薗進先生なども、「神道が宗教として未熟だったから、仏教の教を上乗せせざるを得なかった」というようなことを書かかれています。

ところが、私はこの半年くらい、言霊学というのを学んでおり、これを学ぶと、日本神道はすでに完成された悟りの世界を鳥居の形ひとつで表しているのだということがわかってきました。

というわけで、神道が未完成だから仏教の教えを足した、というのは少し違うのかもしれない、と感じる部分もあります。
むしろ色摩さんが、「日本人は元来、他者と仲良くする方法を模索しながら生きてきた民族なのだ」とおっしゃったことの根本要因が、鳥居の世界に具現化されており、それ日本古来の昔話などの中に口伝で伝えられているために、神仏習合がすんなりと行われてきたのではないかと。

3・11のときに日本では窃盗や暴動が他国の災害時と比べ信じられないくらい少なかった、ということが諸外国から絶賛されましたが、なぜ他の仏教国では同じように穏やかにならないのか、ということの説明がつきません。
神道をあらゆる宗教の上位に置こうとした明治政府のやり方は乱暴すぎますが、元来、日本人の精神には、日本語の音と昔話などから、大いなる言霊の智恵と深い倫理観が備わっているようにも思います。

それは、いわゆる「神社神道」とはまた別のものであって、仏教やキリスト教といった近代的宗教よりも根深いところにあって、われわれ日本人に、仏教やキリスト教やイスラム教を「信じてみよう」と思わせる根っこにある精神なのかもしれな い、と感じています。

外国のかたは、よく戦乱や酷い仕打ちを目の当たりにしたことを契機として宗教に目覚めてゆきます。ですから、そのタイミングで巡りあった宗教が「信じるべき宗教(唯一の指 針)」となるのではないかと。

しかし、日本人にとっては、そもそも“おたがいさま理論”のような共生の倫理観が言霊と昔話を通じて備わっているために、いずれの宗教の教えも「すんなりと受け入れられる」ので、ごった煮になるのではないか。

アウトラインとしては、そんな風に考 えております。
でも、言霊学のことはあまり公の場では話してはいけないことになっているので、いろいろ難しいんです(笑)
ちょっと、表現方法など、考えてみま すね!
追伸。左手が不浄、について。
私は仏教ではなくイスラーム教の教えではないかと聞いていたのですが……

そういえば、言霊学の先生が、「生霊がとりつくと、左半身に不調が 多くなる」と話していらしたのを思い出しまし た。

また、以前かじっていた野口整体の先生も、鼻呼吸で「右から吸って、左から吐く」と浄化されると話していた気がします。

左半身が現世で、右半身が仏の世界という考えは、もしかしたら土着の信仰などで各地にあるのかもしれません。 言霊学でもイスラム教でもそうなので、全世界的な傾向なのかもしれません。

【付録 Wikipediaより】
Wikipediaでは、日本人の宗教意識はどのように説明されているのでしょう?
Religion in Japan
From Wikipedia, the free encyclopedia

Most Japanese people do not exclusively identify themselves as adherents of a single religion; rather, they incorporate elements of various religions in a syncretic fashion[1] known as Shinbutsu shūgō (神仏習合 amalgamation of kami andbuddhas?). Shinbutsu Shūgō officially ended with the Shinto and Buddhism Separation Order of 1886, but continues in practice. Shinto and Japanese Buddhism are therefore best understood not as two completely separate and competing faiths, but rather as a single, rather complex religious system.[2]
Japan enjoys full religious freedom and minority religions such as Christianity, Islam, Hinduism and Sikhism are practiced. Figures that state 84% to 96% of Japanese adhere to Shinto and Buddhism are not based on self-identification but come primarily from birth records, following a longstanding practice of officially associating a family line with a local Buddhist temple or Shinto shrine.[3][4][5][6] About 70% of Japanese profess no religious membership,[7][8] according to Johnstone (1993:323), 84% of the Japanese claim no personal religion. In census questionnaires, less than 15% reported any formal religious affiliation by 2000.[9] And according to Demerath (2001:138), 41% do not believe in God, and 55% do not believe in Buddha.[10] According to Edwin Reischauer, and Marius Jansen, some 70–80% of the Japanese regularly tell pollsters they do not consider themselves believers in any religion.[1] Japanese streets are decorated on Tanabata, Obon and Christmas.

Shinto

Typical Shinto shrine with paper streamers made out of unprocessed hempfibre.
Main article: Shinto
See also: Association of Shinto Shrines
Shinto, meaning “the way of the gods”, is Japan’s indigenous religion and is practiced by about 83% of the population. Note that unlike Judeo-Christian religions Shinto due to its nature does not require the same admission of faith, instead merely participating in certain aspects of Shinto is generally considered enough for association. Shinto originated in prehistoric times as a religion with a respect for nature and for particular sacred sites. These sites may have originally been used to worship the sun, rock formations, trees, and even sounds. Each of these was associated with a deity, or kami, and a complex polytheistic religion developed. Shinto worship of kami is performed at shrines. Especially important is the act of purification before visiting these shrines.
There are a variety of denominations within Shinto. Shinto has no single founder and no canon, but the Nihongi and Kojikicontain a record of Japanese mythology. Individual Shinto sects, such as Tenrikyo and Konkokyo, often have a unique dogma or leader. Shinto began to fall out of fashion after the arrival of Buddhism, but soon Shinto and Buddhism began to be practiced in tandem. On the sites of Shintō shrines, Buddhist temples were also built.
Before 1868, there were three main forms of Shinto: Shrine Shinto, the most popular type; Folk (or Popular) Shinto, practiced by the peasants; and Imperial Household Shinto, practiced by the imperial family of Japan. In the 18th and 19th centuries, independent Shinto sects – Sect Shinto – formed, some of which were very radical, such as the monotheistic Tenrikyo. These became known as the Shinto Sects or the New Religions. Following the Meiji Restoration in 1868, Shinto and Buddhism were forcefully separated. The Emperor Meiji made Shinto the official religion, creating a form of Shinto known as State Shinto by merging Shrine, Folk, and Imperial Household Shinto. The radical Sect Shinto was separated from State Shinto. Under Meiji, Japan became a moderate theocracy, with shrines under government control. Shinto soon became a reason for Japanese nationalism. After Japan took over Korea and Taiwan, State Shinto became the official religion of those countries as well.
During World War II, the government forced every subject to practice State Shinto and admit that the Emperor was divine. Those who opposed the Imperial cult, including Oomoto and Soka Gakkai, were persecuted. When the United States occupied Japan in 1945, the shrines were taken out of government control, andState Shinto was abolished. Shrine, Folk, and Imperial Shinto again became separate, and Sect Shinto further distanced itself from mainstream Shinto.
[edit]Buddhism
Main article: Buddhism in Japan
Buddhism first arrived in Japan in the 6th century from the Southern part of the kingdom of Baekje on the Korean peninsula. The Baekje king sent the Japanese emperor a picture of the Buddha and some sutras. Japanese aristocrats built Buddhist statues and temples in the capital at Nara, and then in the later capital at Heian (now Kyoto).[11]
Buddhism is divided into three forms: the orthodox Theravada Buddhism, which is prevalent in India and most of Southeast Asia; Mahayana Buddhism, which spread to China, Tibet, Vietnam, and ultimately to Korea and Japan; and Vajrayana Buddhism. From the beginning, the largest form of Buddhism in Japan was the Mahayana school. According to the Agency of Cultural Affairs, 91 million Japanese identify themselves as Buddhist.[4]
The six Buddhist sects initially established in Nara are today together known as “Nara Buddhism” and are relatively small. When the capital moved to Heian, more forms of Buddhism arrived from China, including the still-popular Shingon, an esoteric form of Buddhism similar to Tibet’s Vajrayana Buddhism, and Tendai, a monastic conservative form known better by its Chinese name, Tiantai.
When the shogunate took power in the 12th century and the administrative capital moved to Kamakura, more forms of Buddhism arrived. The most popular wasZen, which became the most popular type of Mahayana Buddhism of the time period. Two schools of Zen were established, Rinzai and Sōtō; a third, Ōbaku, formed in 1661.

The Tōshōdai-ji was an early Buddhist temple in Nara.
Another form of Buddhism known as Jodo-kyo, or Pure Land Buddhism, arrived in the Kamakura period. Pure Land Buddhism emphasizes the role of Amitabha Buddha and promises that reciting the phrase “Namu Amida Butsu” upon death will result in being removed by Amitabha to the “Western Paradise” or “Pure Land”, and then to Nirvana. Jodo-kyo attracted the merchant and farmer classes. After Honen, Jodo-kyo’s head missionary in Japan, died, the form split into two schools: Jodo-shu, which focuses on repeating the phrase many times, and the more liberal Jodo Shinshu, which claims that only saying the phrase once with a pure heart is necessary. Today, many Japanese adhere to Nishi Honganji-ha, a conservative sect of Jodo Shinshu.
The monk Nichiren established a more radical form of Buddhism, Nichiren Buddhism, which praised the Lotus Sutra. Nichiren’s teaching was revolutionary, and the shogun distrusted him; when Nichiren predicted that the Mongols would invade Japan, the shogun exiled him. Nichiren was a progressive, the first Japanese thinker to declare that women could gain enlightenment. Nichiren Buddhism is the second largest Buddhist sect in Japan today. Sub-sects of Nichiren Buddhism include Nichiren-shu, Nichiren Shōshū and Sōka Gakkai, a controversial denomination whose political wing forms the conservative New Komeito Party, Japan’s third largest political party.
In modern times, Japanese society has become very secular, and religion in general has become less important. However, many Japanese remain nominally Buddhist and are connected to a local Buddhist temple, although they may not worship regularly. Buddhism remains far more popular in traditional rural areas than in modern urban areas and suburbs. For instance, while some 90% of rural households include a Buddhist altar (Butsudan), the rate drops to 60% or lower in urban areas.

※新宗教、および少数信者の宗教(キリスト教、イスラーム教など)については省きます。

[edit]Religious practice
Most Japanese participate in rituals and customs derived from several religious traditions. Life cycle events are often marked by visits to a Shinto shrine. The birth of a new baby is celebrated with a formal shrine visit at the age of about one month, as are the third, fifth, and seventh birthdays and the official beginning ofadulthood at age twenty. Wedding ceremonies are often performed by Shinto priests, but Christian wedding ceremonies, called howaito uedingu (“white wedding”), are also popular. These use liturgy but are not always presided over by an ordained priest.
Japanese funerals are usually performed by Buddhist priests, and Buddhist rites are also common on death day anniversaries of deceased family members. 91% of Japanese funerals take place according to Buddhist traditions.
There are two categories of holidays in Japan. Matsuri (festivals), which are largely of Shinto origin and relate to the cultivation of rice and the spiritual well-being of the local community, and nenjyū gyōji (annual events), which are largely of Chinese or Buddhist origin. During the Heian period, the matsuri were organized into a formal calendar, and other festivals were added. Very few matsuri or nencho gyo are national holidays, but they are included in the national calendar of annual events. Most matsuri are local events and follow local traditions. They may be sponsored by schools, towns, or other groups but are most often associated with Shinto shrines.
Most holidays are secular in nature, but the two most significant for the majority of Japanese – New Year’s Day and Obon – involve visits to Shinto shrines or Buddhist temples, respectively. The New Year’s holiday (January 1–3) is marked by the practice of numerous customs and the consumption of special foods. Visiting Shinto shrines to pray for family blessings in the coming year, dressing in a kimono, hanging special decorations, eating noodles on New Year’s Eve, and playing a poetry card game are among these practices. During Obon, bon (spirit altars) are set up in front of Buddhist family altars, which, along with ancestral graves, are cleaned in anticipation of the return of the spirits. People living away from their family homes return for visits with relatives. Celebrations include folk dancing and prayers at Buddhist temples as well as family rituals in the home.

(↓ごめんなさい! 言語能力ゼロのOkeiが訳したのでけっこう間違っているかもです;;)
日本における宗教
ほとんどの日本人は単一宗教の信奉者を自認するのではなく、神仏習合 (神と仏の合併カミとホトケ?)として知られるように、様々な宗教の要素を取り入れ融合しています。神仏習合は、1886年の神仏分離令により公的には終わっていますが、実際には続いています。したがって、神道と日本の仏教は、独立し競合する2つの宗教としてではなく、単一でもない、複雑な宗教的なシステムとして理解されます。[ 2 ]
日本は多数の宗教の自由を楽しむ人と、少数派の宗教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教やシーク教を実践する人々とに分かれます。日本人の状態として、84%~96%が神道と仏教に準拠していることを統計数値は示していますが、これは出生の都度に(意識的に)帰依するものではなく、長年の慣習による、菩提寺(檀家制度)制度という家系的関連や、鎮守神社との地域的つながりといった、出生以前からの関連付けによるものです。[ 3 ] [ 4 ] [ 5 ] [ 6 ]
日本人の約70%は組織的宗教への加入を公言しません。[ 7 ] [ 8 ]ジョンストン(1993:323)によれば、日本人の84%は個人的な宗教意識を持ちません。国勢調査では、2000年までに正式な宗教への加入を報告した人は、15%未満でした。[ 9 ]そしてDemerath(2001:138)によると、41%が神を信じておらず、55%は仏を信じていません。[ 10 ]エドウィン·ライシャワー、そしてマリウス·ジャンセンによれば、日本の定期的な世論調査で、70~80%の人が、どの宗教の信者でもないと答えています。[ 1 ]そして、日本の街は、七夕や、お盆、クリスマスの装飾でにぎわっています。

神道

典型的な神道の神社と紙の吹流し未処理の繊維で作られたしめ縄。
主要な記事:神道
神道は、 “神の道”を意味する、日本の土着宗教であり、人口の約83%が(鎮守神社に?)所属しています。ユダヤ·キリスト教と違い、必ずしも(ひとつところへの)信仰を篤くすることを求めないということに注意してください。その代わり、神道の一部の儀礼(祭礼など)に参加することで、神道信者の仲間であるとみなされます。
神道は、自然、および特別の神聖な側面への尊敬を備えた宗教として、先史時代から始まりました。もともと太陽、岩、木、さらには音を崇拝しているようです。これらの各々は神、または神に関連付けられたものであり、複雑な多神教の宗教として発達しました。神道の崇拝は、神社で行われます。特に重要なのは、これらの神社を訪れる前に行う、浄化の行為です。
神道の出典には様々なものがあります。神道には、単一の創始者はありませんが、日本書紀と古事記は日本の神話の記録を含む書物です。分派した神道系の新宗教、天理教や金光教などには、ユニークな教義や指導者がいる場合が多いです。神道は仏教の到着後に流行遅れに感じられるようになりましたが、すぐに神道と仏教は習合されるようになりました。神社の境内には、仏教寺院も建てられました。
1868年以前、神道には主に3つの形式がありました。神社神道(最もポピュラーなタイプ)、農村神道(これもポピュラーなタイプ)、そして日本の皇室のみが実行する皇室神道です。
18~19世紀には、天理教のように一神教的で、非常にラディカルな、独立した教派神道が形成されました。それらは、神道セクトあるいは新興宗教として知られるようになりました。
ところが1868年(明治維新の直後)、神道と仏教は、強く分離されました。明治天皇は、神社、人々および皇室神道を合併し、国家神道として知られる神道の新たな形式をつくりだし、神道を公式宗教として(仏教ほかあらゆる宗教の上に立つものとして)位置づけました。急進的な教派神道は、国家神道から分けられました。
明治政府の下で、日本は政府統制された神社と共に、神権政治になりました。神道はすぐに日本のナショナリズムの理由になりました。日本が朝鮮と台湾を支配下に置いた後、国家神道は同様にそれらの国々の公式宗教にもなりました。
第二次世界大戦中、日本政府は、すべての国民が国家神道に従うことを強要しました。そして、天皇が神であったことを主張します。大本教と創価学会を含む、帝国神道に反対した人々が迫害されました。アメリカが1945年に日本を占領した時、神社は政府統制から解放されました。また、国家神道が廃止されました。神社、人々および皇室神道は、再び別々のものとなりました。また、教派神道は神道の本流から、さらに距離を置きました。
仏教
主要な記事:日本の仏教
仏教は、朝鮮半島南部の百済という王国から、6世紀に日本に初めて紹介されました。百済王は日本の天皇に仏像や経典、いくつかの絵を送りました。奈良や、もう少し後の平安時代の首都(いまの京都)には、日本の貴族たちが仏像や寺院を建てました。[ 11 ]
正統的な仏教は、次の3つの形式に分かれています。インドや東南アジアの大半にひろまっている上座部仏教(テーラワーダ)。中国、チベット、ベトナム、そして最終的には韓国と日本にまで広がった大乗仏教。そして、密教です。日本における仏教は、はじめから大半が大乗仏教学派でした。文化庁によると、9100万人の日本人が自身を仏教信徒と称しています。[ 4 ]
奈良で最初に設立された6つの仏教徒分派は、今日、「奈良仏教」として知られていますが、比較的小さいです。平安時代になると、現代でもポピュラーな真言宗をはじめ、チベット密教に似ている仏教の奥義の形式や、天台宗がやってきました。
12世紀になって武家が力を握り、政治上の都が鎌倉へ移動した時代に、より多くの仏教宗派が紹介されました。最もポピュラーなものは禅です。禅は、その時代で最も人気が高い大乗仏教の教えとなりました。臨済宗と曹洞宗という、禅の2つの学派が創設されました。第三の禅宗派、黄檗宗は、1661年に創設されました。

唐招提寺·東大寺は奈良の早い仏教寺院で あった。
仏教のもう一つの形式である浄土系仏教も、鎌倉時代に創設されました。浄土系仏教では、阿弥陀仏の役割を重視し、死の際(まで)「南無阿弥陀佛」と唱えることで、後に西方浄土(ニルヴァーナ)へ到達できることを説きます。浄土教は、主として商人や農民階層に広まりました。日本での浄土教の始祖、法然上人が亡くなった後、念仏を何回も繰り返すことに焦点を当てる浄土宗と、よりリベラルで一度の念仏でも浄土へ到達できる、ただし純粋な心が必要であると説く浄土真宗と、2つの学派に分かれました。今日では、多くの日本人が浄土真宗の保守的な派閥である西本願寺派に属しています。
いっぽう、日蓮上人は、仏教のより根本的な形態として、法華経を重視する日蓮宗を創始しました。日蓮の教えは革新的であり、将軍は彼の教えを疑い、「モンゴル人が日本を襲撃するだろう」と日蓮が予測したとき、将軍は彼を島流しにしました。日蓮は前衛的な思想家であり、女性でも悟りを開くことができると宣言した最初の日本人思索者です。日蓮宗は、今日の日本で二番目に大きな仏教宗派です。日蓮宗系の宗派としては、日蓮宗、日蓮正宗、創価学会(その政党部門が、日本で三番目に大きな保守政党である公明党であることで物議をかもしだす)などがあります。
現代では、日本の社会は非常に世俗的になっており、一般的に宗教はあまり重要でなくなりました。しかし、多くの日本人は、定期的に礼拝はしないにせよ、名目上は仏教徒のままで、地域の菩提寺につながっています。仏教は、都市部やその郊外に比べ、伝統的な農村部ではいまだ人気を保っています。農村世帯の約90%が自宅に仏壇を持っていますが、都市部では60%以下に低下します。
宗教的実践
ほとんどの日本人は、宗教的伝統に由来する儀式や習慣に参加します。ライフ・サイクル・イベントは、神社への訪問で行われることが多いです。赤ちゃんの誕生から約1ヶ月で神社への正式なお宮参りが行われ、三歳・五歳・七歳時に行う七五三や、年齢20の成人式もあります。ウェディングセレモニーも神式で行われることがありますが、ホワイト・ウエディングと呼ばれるキリスト教の結婚式も高い人気があります。これらは教会堂などでの典礼を用いますが、必ずしも決まった聖職者に主宰されるとは限りません。
日本の葬式は通常、仏教の僧侶によって行われます。仏教の儀式は故人の家族の死の記念日にも行われます。日本の葬式の91%が仏式で行われています。
日本の祝日には2つのカテゴリがあります。1つは、神道の起源で、米栽培や地域社会の精神的な安寧に関連する「祭り」。そしてもう1つは、中国起源や仏教起源の年中行事です。平安時代に、祭りは正式なカレンダーに編成され、他の催しも追加されました。国民の祝日になっている祭りはほとんどありませんが、年中行事は全国カレンダーに書かれています。ほとんどの祭りは地域のイベントであり、地元の伝統に従っています。学校、町、または他のグループが主催することもありますが、大半は、神社に関連付けられています。
ほとんどの休日は世俗的なものですが、大多数の日本人にとって重要な2つの行事―お正月とお盆―があります。それぞれ、神社や仏教寺院への訪問をし、霊的な意味があります。年末年始(1月1~3日)、多くの慣習の実践があり、特別な食事も供されます。来年の家族の幸せを祈るために大晦日に蕎麦(長い食べ物=長寿を祈願)を食べ、着物を着て神社を訪れ、家にも特別な装飾をぶら下げ、そして韻文のカードゲーム(かるた)をプレイすることなどが、実践の例です。お盆期間中、仏教を信じる家庭では、祖霊の帰還を見込んで仏壇の前に盆飾りが行われます。実家から離れて暮らしている人は、訪問のために帰省します。家での儀式とともに、盆踊りと仏教寺院での祈りも行われます。