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生きづらさと向きあう任意団体

終活

墓じまい、あれこれ

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【ひとなみ座談会】
墓じまい、あれこれ

2016年10月3(月)@八王子・延立寺縁側アミダステーション

参加者=松本智量(浄土真宗僧侶)、藤尾聡允(臨済宗僧侶)、吉田尚英(日蓮宗僧侶)、名取芳彦(真言宗僧侶)、増田俊康(真言宗僧侶)、渡邉忠道(朝霞出雲大社)、大橋理宏(株式会社大橋石材店代表取締役)、樋口清美(葬祭関連企業勤務、寺ネットサンガ事務局長)、小川有閑(浄土宗僧侶)、大岩みつ子(一般)、色摩真了(真言宗僧侶)、平井裕善(浄土真宗僧侶)、戸見嶋淳昭(浄土真宗僧侶)、Aさん(天台宗僧侶)、Bさん(石材店勤務)、Cさん(葬祭関連企業勤務)+Okei

行政書士として墓じまい(イエ墓から納骨堂や永代供養墓など継がなくてもよい施設への改葬)をお手伝いするなかで、「御魂抜きはどうされますか?」「それは何ですか? やらないといけないものなんですか?」というやり取りになることが増えています。

墓の世話は若い世代の親族がする、墓石には入魂がなされている(浄土真宗など一部の宗派をのぞく)など、半世紀前は“あたりまえ”だった民俗のストーリーが崩壊していることを感じます。

本来は、お寺がそういうことを伝えなければいけないのでしょうが、人々の足がお寺から遠のいている現状で、いかにしてそれを伝えてゆけばよいのでしょうか。あるいは、時代の流れに任せた新たな方策があるのでしょうか。
なかみを読む

終活入門@新所沢・寶泉寺(真言宗豊山派)

2015年10月17日(土)、午後2時から4時まで、新所沢にある寶泉寺にて、「終活入門~スマートな隠居のすすめ~」と題した催しを行いました。

ご住職がお彼岸の折に、 なかみを読む

手元供養協会設立10周年記念イベント

前半、少し遅れて、小谷みどり氏の講演から拝聴。

亡くなった人のことを死後も親しく思う人がいなければ、手元供養も墓も要らなくなる。

ここ2週間、誰とも挨拶をしない、喋らないという高齢者が6人に一人という現状。
しかし、そうでない人は、「そんな人は自分のまわりにいない」と認識しているギャップ。

弔う、ということの意味を考える必要がある。

以上をもとに、Okeiが〈ひとなみ〉的に、考えてしまったこと。

⇒現実の友がいなくても、回顧に生きているかもしれない。
⇒(婚活に焦点を当てるなら)自己肯定感がなく他者の否定と自己の釈明の壺にはまっている人を解放することが急務。

次は、手元供養協会理事長山崎氏率いるパネルディスカッション。
メンバーは、先ほどの小谷氏ほか、本田桂子さん、建築の八木澤先生、ブルーオーシャン+コミュニティカフェの村田ますみ代表(一般社団法人日本海洋散骨協会代表理事)、宗教学者の島田裕巳先生、河野篤史氏(静岡の石材店6代目社長)、杉井住職(臨済宗東福寺派教学部長)と各方面から豪華な顔ぶれ。

イエや社会が変容した以上、墓や葬儀の問題が変わるのも当たり前。イエというものが、これからも続いていくものなのか、そこを前提にして考えていいのか、から出発すべき。

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blockquote>島田さんから出たように、昔は遺族はなにもやらなくてよかった。高度成長時代は会社がやってくれた。それがすべてなくなったあとに出てきたのが葬儀屋。家族だけで送るのに社葬レベルでやっていたから叩かれた。いま、ちょうどよくなっているともいえる。
戦前は、貧乏人は墓もなかった。要らない墓まで買ってしまった結果がコレなので、守らなければいけないのか?から考えるべき。

学術的見地から、ダイナミックな分析がなされたことが印象的でした。

会場にいらした国立歴史民俗博物館のかたからの意見もご紹介します。

「死者を何らかの形で一時記憶し、それをゆるやかに忘れていく」、突然に消滅するというショックを和らげていくのが供養システム。
地域ごとのよりしろがなくなり、供養システムが揺らいでいることによる不安、それを社会的にも支えきれない不安がいまを覆っている。
社会が死者を(生きているうちから記憶されない、縁が切れている人も含め)ゆるやかに忘れさせていくシステムをどう構築し直していくのか、ということがいま問われている。

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数々の気づきや思いをいただいた1日でした。

//Okei Sugre//

寺社でつくる、ふりかえり自分史 & 金剛院見学ツアー@豊島区椎名町 金剛院

<この勉強会は、2015年6月4日に開催しました>

【趣旨】 2014年12月に主宰の私Okeiは、寄稿した中外日報「論」の後半部分で「寺社でふりかえりをすること」を提唱しました(参考記事はPDFよりご覧ください)。
提唱しただけに終わらず、実現のための第一歩をとの思いから、勉強会の開催という運びに。「自分史づくり」をご自身で一度体験していただくことにより、ご自坊ご自社で「ふりかえり自分史」の講座を開催できるようになることを目的として開催しました。

なかみを読む

終活を任せてもらえるお寺になろう! 2014年10月8日@八王子阿弥陀ステーション

20141008shuukatsu03 <この催しは、2014年10月8日に開催しました>

ある日、身寄りのない檀信徒から、「お骨になったら歩いて来られません。契約したお墓へ無事に入れるでしょうか」と相談されたらどうしますか?
なかみを読む

終末医療における宗教者の役割を探る

「終末医療における
宗教者の役割を探る」

2012年6月4日(月)
長野県上田市 「宗吽寺」にて
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 【参加者】
桑澤俊恵(上田・宗吽寺副住職)、岡澤 慶澄(金峯山長谷寺住職)、田口誠道(臨済宗長昌寺住職、行政書士)、飯島惠道(松本・東昌寺住職)、ラザロ保科正和(キリスト教牧師、医学者)、ナセル永野(世界宗教者平和会議、イスラム教徒)、三浦紀夫(NPO法人ビハーラ21、浄土真宗僧侶)、濱坂和子(大阪・行政書士)、桑海一寛(岐阜・大源寺住職)、遠山玄秀(日蓮宗上行寺副住職)、百瀬善之(真言宗智山派僧侶)、小林佑介(佐久・円満寺僧侶)、石原利惠子(ひとなみスーパーバイザー、石原企画)、Okei=勝 桂子(ひとなみ主宰、『いいお坊さん、ひどいお坊さん』)ほか26名
※アンケート未提出のかたの発言引用はなるべく控え、引用させていただく場合はイニシャルにて掲載させていただきました。

Okei 昨年、飯島惠道さんが先代住職を見送られたときの体験談をFacebookでお話しされていたときに、私も5年前に自分の母を送ったときに似た体験をしていたので、意見交換させていただきました。それをきっかけに、「いつかは信州で終末医療についての座談会をしてみたい」とあたためてきたものが実現した次第です。 なかみを読む

檀家さま向けミニシンポジウム@真言宗豊山派・寶泉寺

とき:2011年1月29日(土)ところ:北田山寶泉寺(埼玉県所沢市)

催し内容:ミニシンポジウム

司会:色摩真琴住職、
ゲスト:Okei+菊池嘉高(元葬儀サポートセンター)

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新所沢にある真言宗豊山派のお寺、寶泉寺の色摩住職からのご依頼で、ミニシンポジウムを開催しました。 なかみを読む

散骨座談会

「散骨」座談会

各宗派僧侶+在家1名+Okei


2010年10月3日(日)

要町 「なんてんCafe」にて

「散骨」について、お坊さんはどう考えているの?
檀家が「散骨したい」と言ったら、お坊さんはどう思うの?
教義でなにか散骨について示唆されているの? なかみを読む