ハニワとたどる、記憶の雫

「スナフキン」や「とたけけ」が愛され続ける真の理由

~中東情勢~ベネズエラ~ウクライナ~変貌する世界を生き抜く秘策

ねえ、みんな。中東でまた大きな争いが起きているよね。ニュースを見てると、ボクたちが積み上げてきた「当たり前」が、ガラガラと音を立てて崩れていくみたいで怖いんだ。
ボクたちはいま、どう考えて、どう動けばいいのかな?

むむ、無理もありません。
覇権秩序は今、決定的な曲がり角に来ているのです。

伊藤貫氏は『アメリカ帝国の衰亡と日本の窮地』で、
「過去500年余りにおいて、世界を我が物にしようとした勢力や国は、ことごとく失敗に終わっている」
と説いています。
エマニュエル・トッドは1年半前に『西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか』を書き、欧米社会がいま音を立てて崩れ落ちていると述べました。

じつは我々はいま、西洋主導という「大きな物語」の終焉に立ち会っているのかもしれません。

……騒がしいな。世界が壊れるのではない。
元々あった歪みが、正されているに過ぎない。

え、正されているの???

そうとも言えますね。

ジェームズ・C・スコット著『反穀物の人類史』によれば、国家というシステムは「穀物」という、税金を徴収しやすく管理しやすい農作物をつくらせ民を定住させるという土台のうえに成立したのだと。
われわれは、「国家」に囲い込まれ家畜を飼いならして〝その日暮らしの野蛮な狩猟生活〟とは異なる都市生活を謳歌してきました。一見、進化であるようにみえますが、じつは消費社会の奴隷となって「家畜化」されてきたのは人間自身ではないかと、スコットは述べています。

じっさい、狩猟民族の脳の大きさと較べ、われわれの脳は20%も萎縮しているそうですよ!

義務、効率、功利主義。それらに魂を繋がれている限り、脳ミソだって萎縮しようぞ。
帝国のパーツとして繋がれたその鎖を断ち、己の「リズム」を取り戻せ! オレ様のようにな。

われわれが「スナフキン」や「とたけけ」を愛してしまう理由

フーライの言う通りかもしれません。
でもカナエ、恐れることはありませんよ。
日本には古くから「無縁(むえん)」という考え方がございました。網野善彦様が『無縁・苦界・楽』で説いたように、市(イチ)や寺社(駈込寺・無縁寺)、山河(に居住する忍者など)は、中央権力の及ばない「自由な場」だったのです。

たとえば無縁寺・駈込寺(かけこみでら)は自治組織でありながら、商人と取引して倉庫業や金融業の元となる仕組みを営みながら、借金などに追われ駈け込んでくる一般市民を食べさせていました。

「無縁」は、社会から隔絶されていたわけではなく、たとえば忍者は幕府と契約して傭兵や刺客として機能していたわけですよね。

網野氏によれば、日本の伝統文化や経済のしくみのほとんどは、「無縁」の人々によって活力を吹き込まれ構築されていったそうなの。

まさにモノヅクリ日本の根底をつくりあげたのは、そうした〝所属を持たない人々の活力〟だったのね。

しかし翻ってスコットの『反穀物の人類史』をひもとくと、こんなことも書かれています。

今から400年前まで、地球の3分の1は狩猟採集民、移動耕作民、遊牧民、独立の園耕民で占められていた。(中略)明確な国家覇権の時代の始まりを紀元1600年頃だとすれば、国家が支配してきたのは、わたしたちの種の政治生活の最後の1パーセントのうちの、そのまた最後の10分の2にすぎない」

つまり「世界の大部分には、つい最近になるまで国家などまったくなかったということ」なのだと。
それがわずか400~500年の間に、地球上の大半の人々がなんらかの「主権国家」に属するようになってしまったのですねぇ……

つまりここ400~500年の歴史のほうが、短期の歪みであったともいえる。

その証拠に、世間の人々の多くはトーベ・ヤンソンのムーミンシリーズのスナフキン、『あつまれ どうぶつの森』のとたけけなど、世界を放浪するオレ様のようなキャラクターを愛するだろう

資本の奴隷にならず、自由闊達に生きるには?

自由な場……。どこにも属さない、けれど守られた場所?
いまの世のなかでそんな場所あるの?

世俗のしがらみをしばし忘れることができ、ただの「個」として安らげる場所。
今の時代なら、志を同じくする方々と作る「小さなコミュニティ」、たとえば朝井リョウ様が『イン・ザ・メガチャーチ』で描いたような推し活仲間のコミュニティも、現代の〝無縁の地〟といえるかもしれませんね。

あの作品が描くとおり、〝無縁の地〟たる推し活コミュとやらも、大手資本がつくりあげた歯車のひとつという恐ろしさよ……

幸い、我々にはテクノロジーがあります!
テレワークで場所を縛らずに仕事ができるようになり、AI即時通訳で言語の壁を超えて、世界中に「気のおけない仲間」を作ることができる。これは、われわれが国家の枠組みを超え自由にフーライのように生きることを可能にする「反定住の時代」への萌芽なのです。

そうだね。技術をうまく利用したら、「囲い込まれないほんとうの自由」を実現できる未来はあるのかもしれない。

そしてフーライの言うとおり推し活コミュさえ大手資本に操作されているならば、巻き込まれずに生きるためには、AIの情報をただ鵜呑みにするんじゃなく、質問を何度も投げかけたり、いろんなAIの回答を自分の目で比較し、選んでいく力が必要なのかもしれないね!

SNSで誰かがオススメしていたから買う、大勢がそうしているから動く……じゃなくて、自分の居心地のよさを基準に、自分で選んでいく。それが、「真の民主主義を実現する生きかた」なんだね!

今回オススメした書籍一覧

この記事を書いた人
宗教法人専門特定行政書士、葬祭カウンセラー、J-FLEC認定アドバイザー。遺言相続、任意後見などの相談に応じるなかで、お金の心配ばかりの終活に疑問を感じ、葬祭カウンセラー認定実用講座を主軸とするオンライン講座「ハニワと学ぶ。」をスタート。 著書『いいお坊さん ひどいお坊さん』(ベスト新書)、『心が軽くなる仏教とのつきあいかた』(啓文社書房)ほか。全国各地の僧侶研修に登壇。AFP。東京都行政書士会板橋支部役員。民生児童委員。
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