お坊さんと、常識を覆して生き生きしよう!

遠隔で参加できる仏教行事で伝えられた、諸行無常

海をこえて時を共有できたzoom坐禅会

神奈川県横須賀市の独園寺・藤尾聡允住職は本日、新型コロナの影響により定期的に開催している坐禅会を、試験的にzoom配信形式で開催しました。

藤尾住職のお寺では、外国人向け坐禅会も常時開かれていることもあり、参加者はアメリカ、オーストラリアほか各地から60人以上が集いました。
年代も、幼稚園のお子さまから80歳代まで、じつに幅広かったです。

zoomで坐禅指導を開始した藤尾聡允僧侶
zoomで坐禅指導を開始した藤尾聡允僧侶

はじめに足の組みかた、手の形、姿勢のとりかたや呼吸法など、坐禅の心得について、初心者でもわかりやすく日英両国語で説明がありました。

zoomの良さは、双方向性にあります。
坐禅指導だけなら録画の配信でも可能でしょう。しかしこちらの姿も藤尾僧侶に見えているので、警策こそ使われないものの、一人ひとり名前を呼ばれ姿勢や呼吸が正しくできているか、チェックしていただくことができました。

zoomで坐禅を楽しんでいる様子
家にいながら、お寺と同じ静寂のときを過ごすことができました

わが家は線路際に建つ木造家屋なので、坐禅中も数分おきに列車の通過音や踏切音がし、特急が通過するときは床も壁も大きく揺れますが、この環境でも、深い呼吸へと誘導するご指導をいただいていると、きちんと集中することができました。
たまたま3人ともが坐禅経験者のわが家であっても、「自宅で暇だし、免疫力をつけるために坐禅でもしようか!」と言ったところで、ご指導がなければこれほど集中することはできなかったと思います。

藤尾住職の冒頭のご挨拶がとてもありがたいお言葉でしたので、皆さんにも共有します。

外出自粛が続く今、自宅に居ながら皆さんに心を整えていただきたいと思い、この坐禅会を始めました。

姿勢を整え、呼吸を整え、コロナを寄せ付けないように、心と体を整えて欲しいと願っています。
コロナの猛威はまだしばらく続きそうです。
たとえ世界中を消毒できたとしても、ウィルスは必ずどこかで生き延びるでしょう。
インフルエンザに毎年新型が現れるように、コロナもまた変異して現れるでしょう。
ウィルスとはそういう存在だと思います。

しかし、人類もまた、今、変容しつつあります。
世界中で各分野の叡智を結集しワクチンや治療法の開発に全力であたっています。
テレワークやオンライン授業などライフスタイルも少しずつ変わるなど、人類もまた新たな進化の過程に入ったのかもしれません。

地球上の生きとし生けるものは、それぞれ生き延びるためには常に同じ状態にとどまってはいられません。
私たちが今、個人レベルでできること、その一つは免疫力を下げないこと、できれば上げることです。

すべては 無常です。

無常の世界では現状維持という概念はありません。

ということで、心を清浄にして免疫力をアップさせるため皆さんと一緒に座りたいと思います。
しかしながらzoomは私にとって未知の世界です。
試行錯誤しながら私自身も進化できたらと思っています。

また、本日は医療の最前線で、目に見えないウィルスと闘って下さっている占部先生も途中までご参加くださいます。
皆さんに少しでも穏やかな時間を過ごしていただけたらと思っています。

いま私たちは、未知のウイルスにたいしては、最先端の医療をもってしても即座に治癒することができないことを、体感しはじめています。

感染してしまった有名人がテレビやSNSで頭を下げるのも、〝ひとなみ的には〟おかしな話と思っています。諸行無常。どんなに注意をしていても、誰しも感染するおそれはあり、感染するのはその人のせいだけではありません。最初にかかった人を犯人扱いすることもできません。

病気にかからないことが〝善きこと〟でもないし、死なないことが絶対的な善でもありません。病気になるのも死ぬのも、全員が体験するはずの出来事。〝ひとなみの〟ことです。


Twitterほかで動画ライブ配信の御詠歌

こちらは神奈川県の鶴見から。天台宗宝泉寺の横溝常之住職も、「宝泉寺御詠歌の会」を動画でライブ配信することに挑戦。

御詠歌ライブ配信の様子
初心者向けに、楽譜の説明から解説してくださいました

横溝住職によれば、「zoomによる双方向も検討しましたが、参加者は高齢のかたが多いので、アプリを入れてもらうのはハードルが高いかなと。Twitterであれば、ご家族の若い人に聞けば見られると思いTwitterとPeriscopeでの動画配信にしてみました」。

慣れた常連のかたが多いお寺での催しだったら、きっと一生参加することはなかったと思います。
ライブ配信だからこそ、初めて体験できました。
ウイルスの蔓延は災厄に違いありませんが、いっぽうでありがたいご縁も生まれています。

僧侶たちの果敢なとりくみが教えてくれたこと

悪いことしか生まないご縁もないし、よいことばかりのご縁もありません。
あらゆることは、ある人にとってはひどいことでも、ある人にとってはうれしいこと。
おなじことでも、ちょっと見る角度を変えるだけで、ひどい状況が新たなチャンスになることもあります。

必ずしも先端技術が得意というわけでもない年代のご住職がたの果敢な挑戦は、不穏なこの時代に生きるための道を教えてくださっています。

この記事を書いた人
『いいお坊さん ひどいお坊さん』(ベスト新書電子版, 2011)、『心が軽くなる仏教とのつきあいかた』(啓文社書房, 2017)ほかの著者、勝 桂子(すぐれ・けいこ)、ニックネームOkeiです。 当サイト“ひとなみ”は、Okeiが主宰する任意団体です。葬祭カウンセラーとして、仏教をはじめとする宗教の存在意義を追究し、生きづらさを緩和してゆくための座談会、勉強会を随時開催しています。
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